依頼
食事を終えたライヤたちは、店内の掲示板に貼られている依頼書を見てみることにした。
「……これは港で荷物運び、こちらは、読み書きと計算のできる人を募集……商店の経理担当者が欲しい?」
ライヤは、依頼書の幾つかを眺めて首を捻った。
「冒険者向き以外の、普通の求人も混じってるのか。危険はないだろうが、嬢ちゃんのウデが宝の持ち腐れになっちまうな」
肩を竦めながら、グイドが言った。
一方、アルマスとウィルバーは打ち解けた様子で話し合っている。
「なるほど、アルくんは魔法の研究をしていただけあって、博識だね。魔導具の製作までできるなんて凄いじゃないか」
「そ、それほどでも……」
ウィルバーに褒められて嬉しいのか、アルマスは頬を赤らめた。
――魔法の心得があるウィルバーは、アルマス様と対等に話せるのか。アルマス様も楽しそうだ。
二人の様子を見ていたライヤは、微笑ましい気持ちになったが、同時に一抹の寂しさを覚えた。
「ウィルバーは、治癒系の魔法を使えるんだろ? それなら、有料で怪我人を治療する診療所を開くとか、幾らでも商売ができるんじゃないのか」
「人の為に働くのも吝かではないが、それでは一つのことしかできなくて、見聞を広げられないからね」
グイドの言葉に、ウィルバーは少し困ったような微笑みを浮かべた。
その時、ライヤたちの背後から、やや甲高い男の声が聞こえた。
「君たち、魔法の心得があるのかい」
一同が振り返ると、小柄な男が佇んでいた。
元は黒髪だったのだろうが、白髪の割合が多く灰色になった髪や、その顏に刻まれた皺からすると、年の頃は六十に手が届こうというところだろうか。
髪と同じ色の髭が顔の半分を覆っているが、真ん丸な眼鏡の奥にある水色の目は、静かな知性を感じさせる。
「ここを見ているということは、君たちも『冒険者』なんだろう?」
男が、そう言ってライヤたちを見回した。
「これから始めるところです」
ライヤは正直に答えた。
「魔法が使えるのは、そっちの男前二人、こっちの嬢ちゃんは、こう見えて腕の立つ剣士だ。俺は開錠や罠の解除、斥候あたりが得意だぜ」
グイドの説明に、眼鏡の男が、ふむふむと頷いた。
「実は、ずっと雇っていた護衛たちが、大陸へ帰ることになってしまってな。儂一人で古代遺跡の探索は無理だから、新しく護衛を雇いたいと思っていたところだ」
「爺さん、自分の脚で探索に行くのかい?」
「もちろんだ。まだまだ、お前さんたちみたいな若者にも負けんよ」
目を丸くしたグイドを見て、眼鏡の男は、にやりと笑った。
「ああ、儂の名は、イサク・アジモフだ。一応、魔法の研究者をやっておる」
「イサク・アジモフ? もしかして、『古代魔法文明探索』や『初心者の為の魔法理論』を書かれた、あの、イサク・アジモフ先生なのか?」
眼鏡の男――イサクが名乗ると、突然アルマスが興奮したように声を上げた。
「おっ、儂の本の読者がいたとは嬉しいぞ」
「まさか、イサク先生ご本人に会えるなんて……『古代魔法文明探索』の156頁に書かれていた、過去の魔法文明についての考察を読んで、僕も魔導具を作ってみようと思ったんです」
「頁まで覚えているとは……あの部分は、出版した当時、『荒唐無稽』と物笑いの種になることもあったがね」
アルマスの言葉に気を良くしたのか、イサクも相好を崩した。
二人は、いつしか書物の話から魔法についての専門的なやり取りを繰り広げている。
「そ、そんなに凄い先生なのか」
グイドは、普段の物静かな様子とは打って変ったアルマスに戸惑っているようだ。
「そうだね、現代で魔法を学ぼうという者なら、名前くらいは聞いたことがあるという感じかな。私も、『初心者の為の魔法理論』には、随分とお世話になった。しかし、今の二人の話は難解すぎて、さすがに付いていけないよ」
そう言いつつも、ウィルバーは微笑んだ。
憧れだったのであろう人物を前に、はしゃいでいるアルマスの姿を見て、ライヤも自分のことのように嬉しい気持ちになった。
「あ、あの……僕は、イサク先生の探索に付いていきたいです」
アルマスが、おずおずとイサクに言った。
「魔法に造詣の深い同行者がいるのは心強いが、お仲間たちの意見も聞いてみたほうが良くないかね?」
イサクの言葉を聞いたアルマスは、我に返ったような表情でライヤたちを見回した。
「ごめん、勝手なことを……」
「アル……様のご希望であれば、私もお供したく思います」
ライヤが、アルマスを安心させようと微笑んでみせると、彼は、ほっと息をついた。
「私は遺跡などの探索は未経験だが、イサク殿が、それでも問題ないと仰るなら」
ウィルバーも異存はない様子だ。
「仕事のアテができるのは歓迎だ。しかし、会ったばかりの相手に護衛なんか依頼して大丈夫なのかい、イサク先生?」
グイドは、やや探るような目でイサクを見た。
「なに、君たちが真面目な連中というのは、見れば分かるよ。儂も、冒険者を何人も見てきたからな」
顎髭をしごきながらイサクが言うのを見て、グイドは、そんなもんかね、と肩を竦めた。
「それでは、改めて護衛を依頼したい。細かいことは、これから話し合いたいと思うが、時間はあるかね?」
イサクに問われて、ライヤたちは頷いた。
昼時の最も混雑する時間は過ぎたのか、食堂の中には空席が目立ってきている。
ライヤたちは、イサクと依頼の詳細を話し合う為、店の主人の許可を得てから、再度テーブルに着いた。
「この街を出ると、広大な森の中に、原住民たちの集落が点々と存在している。それらを拠点にして、幾つかの遺跡を探索したいと思っているんだ」
イサクはテーブルの上に地図を広げた。
「この島に冒険者が集まるようになって何年か経っているようですが、意外に地図の空白部分が多いんですね」
「そうさ。古代の遺跡の周辺には、大陸では見られない危険な生物が生息していて、簡単には調べさせてくれないという訳だ」
ライヤの言葉に、イサクが頷いた。
「危険な生物というのは、古代の高度な魔法文明で生み出された生物の子孫たちと言われているそうですね。実物が見られるかもしれない……」
興味津々といった様子で、アルマスが口を挟んだ。
「魔法生物を生み出す技術に興味はあるが、実物には、あまり会いたくないものだね」
言って、イサクが笑った。
「護衛の報酬とは別に、探索でかかる費用については、こちらで負担する。明後日に出発したいから、それまでの間に準備しておいて欲しい。儂は、ここの隣の宿に泊まっているから、装備に必要なものなど、分からなければ聞きに来てくれ」
「太っ腹だな。さすがは、本も書いてる先生ってところか」
グイドが、ひゅうと小さく口笛を吹いた。
出発の日時を確認したイサクは、探索に向けて装備を揃える為の準備金をライヤたちに渡した。
話し合いを終えて、ライヤたちは「海亀亭」を後にした。
「あの先生、俺たちが金だけ持ち逃げするとか、心配しないのかな」
歩き去っていくイサクの後ろ姿を眺めながら、グイドが呟いた。
「イサク殿は、アルくんを気に入ったんだろうね。そうでなければ、これ程すんなり話がまとまらなかったと思うよ」
「そうかな……」
ウィルバーに言われ、アルマスは戸惑っているようだった。
「アル……様は、魔法の話をしている時は楽しそうですし、イサクさんも同じだったのでしょう」
ライヤが言うと、アルマスは、はっとしたように目を見開いた。
「たしかに、自分が好きな分野の話を聞いてもらえると嬉しいからね。そうか、僕だけが、そう思っている訳ではないのか」
そう言って、アルマスはライヤを見た。
「僕は、いつも君に話を聞いてもらってばかりだったけど、これからは、君が興味を持っていることについての話も、もっと聞こうと思う」
「わ、私の、ですか」
アルマスの思いがけない言葉を聞いて、ライヤは心臓を掴まれるような感覚を覚えた。
更に、グイドとウィルバーの何か言いたげな視線に、彼女は頬が熱くなるのを感じた。