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得手不得手

 出港の翌日、朝日が昇る頃に、ライヤたちの乗った船はイグナルス島唯一の「港」に到着した。

 まだ船酔いが残っているライヤは、アルマスとグイドに支えられながら船を降り、島に上陸した。

 放置されていた木箱を椅子代わりに、彼らは少し休憩することにした。

 

「向かい風だったらしくて、思ったよりも時間がかかったな。具合はどうだ?」


 言って、グイドがライヤの顔を見た。


「グイドが買ってきてくれたお茶で少しすっきりしたのと、さっきまで眠っていたから、だいぶ良くなった。まだ、地面が揺れている気はするが」

「さすがの『特異体(とくいたい)』でも、乗り物酔いには勝てないってところか」

「……気付いていたのか、私が『特異体(とくいたい)』だということに」


 グイドの言葉に、ライヤは少し驚いた。

 「特異体(とくいたい)」というのは、ごく稀に生まれてくる、先天的に頑丈な肉体と高い身体能力を持つ人間を指す言葉だ。

 見た目では分からないが、彼らの肉体は高い密度を持つ筋肉と強靭な骨格で構成されており、動体視力や反応速度も常人とは比べ物にならない。

 「魔素との高い親和性」と共に、天からの贈り物と呼ぶ者もいる体質の一つである。

 ライヤが女性ながら若くして近衛騎士になれたのも、貴重な「特異体(とくいたい)」だという点が大きかったと言える。


「普通の人間じゃあ、そんな細腕で剣を振り回せないからな。それだけでも、筋肉の密度が高い『特異体(とくいたい)』だって見当はつくさ」

「小さい頃は、力が強くて女の子らしくないと言われるのが嫌だったけれど」

 

 ライヤは、子供の頃を思い出して苦笑いした。


「力が強くてもライヤは女の子らしいと思うよ。優しいし、よく気が付くし」


 アルマスの言葉に、ライヤは頬を染めた。


 

 小さな港を(よう)する街は、昨日まで滞在していたリベロに比べると、はるかに小規模なものだ。


「これでも、俺が前に来た時より発展してるぜ。街というより集落って感じだったからな」


 徐々に人影が増えていく早朝の街を眺めて、グイドが言った。


「この街には、原住民と余所から来た者たちが交じって住んでるが、島の奥に進むと原住民の集落が幾つかあるんだ」

「島の原住民……古代魔法文明を築いた人たちの子孫ということか」


 アルマスが、はっとしたように目を丸くした。


「そういうことになるな。ああ、そういえば、島の原住民には、魔法を忌み嫌う者が多いんだ。この街で暮らしてる連中は魔導具にも抵抗がないようだが、奥地では魔導具も魔法も一切使わない生活をしてるぜ」

「魔法文明を築いた人たちの末裔なのに?」


 ライヤは、グイドの言葉に首を傾げた。


「それは、この島の歴史に関係しているのだと思う」


 アルマスは、納得したかのように頷いた。


「かつて、イグナルス島を含む一帯は、高度な魔法文明を持つ国が支配していたと言われている。しかし、ある時、突然その国は『災い』によって滅び、多くの優れた技術が失われてしまった……という言い伝えしか残っていないくらいに昔のことだけどね」

「原住民たちが魔法を良く思っていないということは、『災い』とは魔法によって起きた何か、ということでしょうか」


 ライヤが言うと、アルマスは生き生きと語りだした。 


「あくまで仮説だけど、大規模な呪文や高出力の魔導具の暴走、あるいはそれらを使用した争いが起きたとか、色々な意見があるよ。僕たちが渡ってきた海峡も、元は大陸と繋がっていたのを、魔法が引き裂いてできたなんて説もある」

「陸地を引き裂く魔法……一体どれほどの規模なのか、想像もつきませんね」


 大陸に住む者たちにとっては便利な「力」であり、なくてはならないものである「魔法」を、忌むべきものとして遠ざけるという島の原住民――はるか昔の「災い」が如何に大きなものであったのかと考えると、ライヤも少し恐ろしい気持ちを覚えた。


「でも、それだけの力を出せる技術があったなら、伝説にある『空を飛ぶ船』や『空中城塞』なども再現できるだろうな。遺跡に、何か手掛かりがあるかもしれないね」


 魔法に関することになると目を輝かせるアルマスを見て、ライヤは自分まで嬉しくなった。


 ライヤたちが休憩しているうちに、港の傍では朝市が開かれていた。

 船で運ばれてきた物資や、地元で採れたのであろう新鮮な野菜や果物などが露店に並んでいる。

 海で一仕事終えてきた漁師と思しき男たちが、軽食を出す露店のテーブルで賑やかに食事をしているのを見て、ライヤも小腹が()いているのを思い出した。


「僕たちも、朝食にしないか?」


 アルマスも同様だったらしく、ライヤが口を開く前に提案してきた。


「そうですね、美味しそうに食べている人たちを見ると、お腹が空きますね」

「嬢ちゃんも、元気になったみたいだな」


 ライヤの言葉に、グイドが、いたずらっぽく笑った。

 三人は、露店で漁師たちが食べていたものと同じものを購入し、空いているテーブルに着いた。

 切れ目を入れたパンに、具材として野菜と魚の切り身を焼いたものが挟んであるのを見て、アルマスが首を傾げた。


「変わった組み合わせだね。焼いた肉や腸詰めを挟んだパンは、前の街で見たけど」


 近くのテーブルで食事をしていた漁師の一人が、声をかけてきた。


「そいつは、俺たちが採ってきた魚さ。旨いから食ってみな」


 ライヤは、早速パンを一口(かじ)ってみた。

 焼いた魚の香ばしさと旨味に、塩と香辛料、それに加えられた柑橘類の果汁の風味が合わさって、絶妙な味わいを(かも)している。


「初めての味だけど、美味しいです」


 ライヤが言うと、気の良さそうな漁師たちが笑顔になった。


「姉ちゃんたち、ここには、観光に来たのかい。何がいいのか分からんが、そういう人たちも最近は多いからな」

「いえ、仕事を探しているというか……」


 漁師たちの問いかけに、ライヤは何と言うべきか迷いつつ答えた。


「仕事って、もしかして、姉ちゃんたちも『冒険者』か」

「女の子とは、珍しいな」


 逞しい漁師たちから見ると、外見上は細身の女性でしかないライヤは、か弱く見えるのだろう。


「ちょっと、いいか」


 グイドが、口を挟んだ。


「『冒険者』が仕事を受けたいという場合、どこに行けばいいとか、あったりするのかい?」

「ああ、それなら『海亀亭(うみがめてい)』って酒場に行ってみな。冒険者たちのたまり場みたいになっててさ。仕事を依頼したい奴も、そこに行くらしいよ」


 元々、人好きのする警戒されにくい外見というのもあるが、グイドは瞬く間に地元の漁師たちと打ち解け、様々な情報を聞き出している。

 何年も放浪しながら生きている彼は、人の心を掴む(すべ)を会得しているのだと、ライヤは感心した。

 やがて、食事を終えた漁師たちは去っていき、賑わっていた露店の周辺の空気が少し落ち着いた。


「グイドは、初めて会う相手とも親しげに話せて、すごいね」


 アルマスが、感心した様子で言った。


「なに、難しく考える必要もないさ。こっちの警戒心や疑念みたいなものが伝わると、相手も警戒するから、そういうものを感じさせないようにすればいいんだ。他人は自分の鏡みたいなところもあるからな」


 グイドは言って、片方の口角を上げた。


「グイドは情報収集が上手いと思うが、他に何か得意なことがあったりするのか?」

「そうだな、鍵開けとか罠の解除、あとは相手に気付かれずに尾行するとか……荒事(あらごと)は好きじゃねぇが、自分の身は守れるから心配ないぜ」


 ライヤが問いかけると、グイドは考える素振りを見せながら答えた。

 彼の腰のベルトには護身用と思しき短剣が下げられているが、戦闘において前衛向きではないのだろうと、ライヤは判断した。


「そうか、鍵開けが得意ということは、どこにでも入れるということだね」

「おいおい、言っておくが、俺は自分の技術を犯罪に利用したりはしないぞ」

 

 アルマスの言葉に、グイドが苦笑いした。

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