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08話 倒れた花嫁(バルト視点)


「それで毒は入ってはいなかったんだな?」



 俺はクロヴィスからの報告を聞き、もう一度問いただした。


 話によると夕食を取っていたマリアンが、いきなり吐き戻したというのだ。信じられない想いでその話を聞きながら、俺は真っ先に毒の存在を疑った。



「えぇ、勿論うちの料理人にそんなことをする人間はおりませんが、念のため厨房も調べました。奥様がとった食事の方も確認しましたが、毒などは一切出ませんでした」



 クロヴィスは、俺が指示を出すよりも先に毒の存在を調べたらしい。この男が言うのだから間違いないだろう。そういう方面の仕事に関しては、誰よりも詳しく秀でた能力を持っている。


 しかし毒は出なかったという事実だけが残り、余計にマリアンへの疑念が浮き彫りになった。



「演技だった可能性もある。こちらが毒を盛ったとして訴えようとしているかもしれん」



 俺は可能性の一つとして自分の考えを言った。あのマリアン・オールドリッチの事だ。実際のところかなり疑わしいと思っている。


 しかしクロヴィスは考え込むような仕草をした後に、首を横に振った。



「……その可能性は低いかと」


「何故だ?」


「私にはあれが演技だとは思えませんでした。どちらかというと何か怯えているような……いえ、あくまでも私見ですが」



 普段は表情をあまり変えないクロヴィスが、今は眉間に僅かに皺を寄せている。こいつ自身、未だマリアンの行動がまだ掴みきれていないのだろう。だが、その見解は随分意外に思えた。



「どちらにしろ今後の動向に目を光らせておかねばならないな。今はどうしている?」


「イザベルが付いてます。流石に奥様の寝室は、私が入るわけにはいきませんので……」



 そう言って小さく苦笑するクロヴィス。その言葉に裏にはマリアンの夫たる俺がこの状況にどう対応するのか、それを問う目的もあるのだろう。


 新婚早々教会に放置して帰って来た花嫁が、俺のいない食事の席で倒れたとなると、顔を見に行かないわけにはいかない。その目的が何であれ、倒れたというのは事実なのだから。



「はぁ……仕方ないな」



 俺はため息を吐くと、渋々机の上に置いてあった仮面に手を伸ばす。様子を見に行くだけならしてやるが、素顔を晒して会う気はない。気の進まぬ面会に、思わず眉間に力が入る。


 だがそんな俺の様子がおかしかったのか、クロヴィスがこちらを見てクスクスと笑った。



「新婚初夜くらいは花嫁の寝顔を見に行ったとしても、罰は当たりませんよ」


「そういうんじゃない。初夜などするはずがないだろ。揶揄うな」


「ふふ……一応奥様の部屋の警備を強化するようにしておきます。食事内容についても、本人によく確認するようにしなければなりませんね」


「あぁ、頼む」



 俺はニヤつくクロヴィスをその場に残し、妻であるマリアンの部屋へと向かった。



────────────────



「あ、旦那様」


「イザベル、彼女の様子はどうだ?」



 マリアンの部屋の前まで来ると、丁度部屋から出てきた侍女のイザベルと出会った。彼女は大きなたらいや、濡れた布を手に持ち、俺の姿を見るとすぐさま破顔する。明るくて人好きのする恰幅の良い女性だ。



「一度目を覚まされました。酷く憔悴されておりましたが、水を飲まれましたら落ち着いたようです。少しだけ話したのですがまだ疲れが残っているようで、今ちょうど眠られたところですよ」



 マリアンの様子を語ってくれるイザベル。彼女の目から見ても、マリアンの具合はかなり悪かったようだ。先ほど倒れたのは演技ではないかと疑ってしまったことに、若干の罪悪感を感じてしまう。俺はそれを誤魔化すようにして質問を続けた。



「……そうか、他に何か言ってたりはしたか?」


「あ、食事内容については詳しく聞いておきましたよ。好き嫌いとは関係なく、身体が受け付けない食べ物というのがありますからね」


「そうなのか?」


「えぇ。人によっては、その食べ物を口にすることで、命の危険にさらされることもあるくらいですから。子供が幼い時は特に注意して食べさせます」


「そんな食べ物があるのか?信じられん……」


「卵とか牛乳とか貝とか……人によっては麦がダメな場合もありますわね。ダメな食材は人それぞれですし、大丈夫な人にとってはそれ自体は普通の食べ物ですので。だからこれに関しては、本人に聞かなければ分からないものです。ちゃんと事前に確認をすべきでした。申し訳ございません」



 イザベルが、申し訳なさそうに頭を下げる。



「いや、お前たちのせいではない。むしろ私の方が調べておくべき事だった。すまなかったな」



 普通の食べ物でもそんな事が起きるなど知らなかった俺は、益々罪悪感が膨れ上がるのを感じた。俺が事前にマリアンと話す場を設けていれば、防げた事態だったかもしれないのだ。


 

「……それでどんな食べ物がダメだったんだ?」



 その問いに先ほどまで流暢に説明していたイザベルが、急に言葉を詰まらせて首をかしげる。そしてようやく口にした答えは、酷く意外なものだった。



「それが……特定の食材というわけではなく、スープ――つまり汁物全般がダメだそうで」


「スープ?……そういうのがダメな症状もあるのか?」


「いえ……あまり聞きませんが……でも、気分が悪くなるので汁物は出さないで欲しいとの事でした」


「……そうか。料理長にも伝えておいてくれるか。ここはもう下がっていい」


「かしこまりました。失礼いたします、旦那様」



 俺は立ち去るイザベルの後ろ姿を見送った後、マリアンの様子を見る為に、彼女の部屋の扉に手をかけた。


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