43話 侯爵の訪問(バルト視点)
ランバルド侯爵の訪問をマリアンに知らせてから数日が過ぎ、とうとうその日がやって来た。
「やぁ、イラーセク卿。いつぞや以来ですな。この度はよろしく頼むよ」
「……ランバルド卿、わざわざこのような辺境の地までようこそ足をお運びになられた」
領主館の前まで出迎えれば、尊大な様子で背の高い細身の中年の貴族が馬車から降りてくる。ランバルド侯爵だ。
俺としては顔を合わせるのも嫌な人物であるが、彼は中央ではかなり権力を持っている。ましてや街道の関所の件を蒸し返されても敵わないので、できるだけ穏便にここを立ち去ってもらう方向で考えていた。
「ここは辺境の地ゆえ、大したもてなしはできないと予めご理解していただきたい。ましてや隣国との情勢が不安定であるから、滞在も出来る限り短めでお願い申し上げる」
かなり失礼な言い方ではあるが、予め侯爵に滞在に際しての注意事項として釘をさしておく。ここは辺境の地アルデリアだ。中央とは違う決まり事の上で成り立っている土地である。俺はそこを治める領主として、中央貴族が我が物顔で闊歩するのを許しはしない。
すると俺の先制攻撃に眉を顰めるどころか、ランバルド侯爵は肩眉を上げてさも楽し気に返してきた。
「……これはこれは……随分な歓迎ぶりだ。だが私の方にも都合というものがあってね。まぁそれはおいおい話していこうじゃないか」
俺の言葉に動揺一つ見せないのは、さすがは中央で長年権力を維持してきただけの事はある。だがそれだけに厄介な相手だった。
軽く挨拶をした後、館へと案内するが、侯爵は一旦立ち止まって周囲を見回した。俺はすぐに彼が誰を探しているのか気付く。
「……ところで奥方はいないのか?結婚したんだろう?」
案の定、侯爵はマリアンの所在を聞いてきた。元々彼はマリアンに会う為にこの地へやって来たのだから気にするのは当然なのだろうが、それでも滞在先の主の妻の所在を真っ先に訊ねるなど、とんでもないことだった。
「……残念だが彼女は具合が悪く今も部屋で休んでいる。当分は起き上がるのは無理だろう」
「それは私とは会えないと言う事だろうか?一体どこが悪いんだ?」
「…………」
俺は侯爵の質問には答えずに、とりあえず彼を客間へと通した。既に使用人たちには十分に言い含めてある為、あっと言う間に準備が整えられる。
「滞在用の部屋は西側の棟だ。荷物は既に運ばせているので、後で案内いたそう」
「西側ね……ところで奥方の部屋はどちらなのかな?具合が悪いというのなら見舞いをしたいのだが」
俺の冷たい対応にめげる事なく、次々とマリアンへの取次を要求するような発言を繰り返す侯爵。俺は冷静さを欠かぬようにと心がけていたにも関わらず、流石に侯爵への苛立ちを感じずにはいられなかった。
「……失礼だが一体貴方は妻に何の用事があるというのだ?いくら結婚前の知り合いとは言え、既に彼女は私の妻である身。こちらへの滞在は許しはしたが、彼女への面会は遠慮していただきたい」
「ふぅん……と言う事は卿は知らないのだな……これはますます承服しかねるな……」
俺の質問には返答せずに、侯爵はぶつぶつと何事かを呟いている。俺は訝しく思いながらその様子を見ていた。
「まぁいい。どうせ暫くは滞在するのだからな。よろしく頼むよ、イラーセク卿」
そう言って笑うランバルド侯爵は、どこか底知れぬ何かを秘めているようだった。




