41話 情けない夫(バルト視点)
マリアンと話をする為に朝食の席を一緒にしたのだが、俺は上手く話ができず失敗してしまった。
目の前では少し沈んだ様子のマリアンが、再び食事に手を付け始めている。
本当なら仮面をここで外して自分の正体を言うべきだったのだろうが、それができずに俺は自分の不甲斐なさを思い知る結果となった。
(まさかあんな風に誤解させるなんて……)
俺が仮面をつけている理由を、マリアンは怪我のせいだと思ったようだ。しかも国を守る為に負った怪我のせいだと……。
そんな風に言われて、俺は益々本当の理由が話せなくなってしまった。名誉の負傷を隠す為などという殊勝な理由などではない。女除けの為という酷く利己的で傲慢な理由からだ。
(しかも、どうやってあの話を切り出せばいいのだ……まいった……ここまで自分が情けない奴だったとは……)
そもそも自分の正体を明かすよりも先に、ランバルド侯爵の件を話そうと思っていたのだ。しかし会話の糸口が見いだせず、先に仮面の話になってしまった。そちらを先に話してしまえば、ルティとして彼女を騙していた事が知られてしまい、侯爵の話どころではなくなってしまうという懸念があった。
(だがそれもただの言い訳だな……ただ彼女からどんな目で見られるか怖かっただけなのだ……)
俺は最早会話をすることを諦め、食事に手を付け始めた。後悔と情けなさとで味のしなくなった料理は、二人で食べていてもあまり美味しく感じない。先日マリアンと外で食べた屋台の料理は、これまでにないほ美味く感じたというのに。
そんな風にうじうじと不貞腐れながら食事をし、もうすぐ食べ終わってしまうという頃合いに、部屋の扉をノックする者がいた。
「失礼いたします」
入って来たのはクロヴィスだ。アイツの事だから、きっと中での会話をしっかり聞いていたのだろう。そして情けない主人を叱咤する為にここに現れたのに違いない。
「食後の珈琲はいかがですか?紅茶がよろしければ紅茶もご用意できますが」
「……あぁ、もらおう」
「あ……じゃあ私は紅茶で……」
「かしこまりました」
クロヴィスの後について入って来た使用人達が、テーブルの上の皿を片付け始める。するとすぐにクロヴィスが用意した珈琲と紅茶が目の前にデザート付きで置かれた。
「今日のデザートは、特別製ですよ。王都で最近人気のスイーツだそうで。料理長が調べて作ってくれました」
「美味しそう……」
いつもなら朝食にデザートはほとんどつかないが、今日は珍しく手の込んだものが用意されていた。確かに見た目も華やかで、大きさこそないが小さな果物がクリームの上にちりばめられていて、とても美味しそうだ。
「今度いらっしゃるお客様へのおもてなしに出そうかと思っているデザートなのですよ。なので奥様と旦那様にも味見をしていただこうと思いまして」
そう言ってにこやかな笑みの奥から、有無を言わせぬ圧力をかけるクロヴィス。つまりはさっさと今度やってくる客──ランバルド侯爵の件を話せと言っているのだろう。
情けない事だが、俺はこの腹黒い従僕の絶妙な手助けに心の中で感謝した。
「お客様がお見えになるの?」
俺があれこれと考え込んでいる内に、マリアンの方からその話に食いついてくれた。するとクロヴィスがすぐに破顔し、マリアンに説明を始める。
「えぇ、実は先日知らせがございまして。数日後にこの館を訪ねてくる方がいらっしゃるのですよ」
「まぁ、一体どなたなのですか?」
彼女自身の問いかけという絶好の好機に、俺は息を飲む。横に立つクロヴィスが、さっさと言えと、無言の笑顔の圧力をかけてきた。俺はそれに促されるようにして、件の客の名を告げた。
「あぁ……ランバルド侯爵だ」
──ガチャン──
「あっ……申し訳ございません……」
「いや、大丈夫だ。気にするな」
あからさまに顔を青ざめさせたマリアンが、普段の優雅で隙の無い所作には珍しく、カトラリーの音を立てた。よく見れば手が微かに震えている。
「……そ、その……侯爵はどういった理由でお見えに?」
弱々しい声で訊ねるマリアンの姿を見て、俺はこの来訪を何としても断るべきだったと後悔した。
(……まさかこんなに怯えるだなんて……先に彼女に聞くべきだった……)
しかし既に受け入れるという返事を出してしまっている上に、侯爵は着々とこの館へ向かってやって来ている。
どうしてマリアンが侯爵に対してここまで怯えて見せるのか、その理由を聞きたい所だが、そう簡単には話してくれないだろう。ましてやその事で余計に怯えさせてしまうかもしれない。
俺はどうするべきか思案し、適当な理由を付けて侯爵とは会わない様にさせるしかないと思った。
「理由はよくわからないが……結婚祝いか何かだろう。男爵とは懇意にしているようだし。だがあまりに急な事だから、こちらとしても歓迎はしていない。それに君が会いたくないのであれば、理由を付けて会わないようにすることもできる」
そう言うと、僅かにマリアンの顔に安堵の表情が見えた。よほど侯爵には会いたくないのだろう。一体過去に侯爵との間で何があったのかとても気になるが、おかげで恋愛方面での懸念は払拭された。
「そうなんですね……まだ辺境伯夫人として不慣れですし、きちんと対応できるか不安です。ただ挨拶くらいはしておかくては……」
「気にする必要はない。具合が悪いとでも理由をつけて部屋に閉じこもっていればいい。不躾にいきなりやってくる先方に非があるのだから」
「……ありがとうございます」
そう言ってマリアンは小さくお礼を言うと、体の震えを抑えるように華奢な手を胸の前で組んだ。その痛ましい様子に俺は己の失敗を後悔しながら、彼女との朝食を終えた。




