37話 不穏な知らせ(バルト視点)
マリアンの部屋に俺を呼びに来たクロヴィスは、険しい表情で俺の退室を促した。何かあったのだと感じた俺は、部屋を出てすぐに問いかけた。
「それで一体何があった?」
「実は、先ほどランバルド侯爵の使いの者がやってきまして……こちらを」
「ランバルド侯爵だと?」
クロヴィスは一通の手紙を出してきた。侯爵の使者が持ってきた物だろう。思わぬ人物からの手紙に眉を顰めた俺は、すぐにその中身を確認した。
「これは……」
「そちらにはなんと?」
手紙の内容に絶句した俺に、クロヴィスは険しい表情で続きを促した。俺はその内容がどんな意図の下書かれたのか理解できぬまま、そのままの事を伝えた。
「……侯爵が後日ここを訪れるそうだ……マリアンに会う為に」
「!!……それはまた……どういうことでしょうか?」
「わからん。とにかく侯爵を迎える準備をせねばならないな……使者はまだいるのか?」
「はい、旦那様のお返事をいただきたいと申しております」
「……どうせ受け入れる以外の選択肢がない事をわかっているのだろうに……すぐに返事を書く。クロヴィス、面倒なことになるが頼んだぞ」
「はい、旦那様」
俺は次々とクロヴィスや他の使用人たちに指示を飛ばしながら、何か良くない事が起こる気がしていた。
倒れて数日目覚めなかったマリアン。そして突如彼女に会いにやって来るというランバルド侯爵。
「一体彼女に何の用があるというのだ……」
はっきりとはしないが、どことなく不穏な気配が彼女に纏わりついているような気がする。それを知る為にも、この来訪を受け入れなければならないのだろう。
万全の準備を整える為、侯爵の来訪は出来る限り先延ばしにするつもりだった。しかし侯爵は、既にこのアルデリア領へ向けて出発しているようで、一週間も経たない内に来てしまうらしかった。
「最大限延ばして4日しかないな……」
俺は予想以上の時間の無さに、ため息を吐いた。そんな俺を労わるように、クロヴィスが珈琲を入れながら答える。
「料理とお部屋の準備は大丈夫です。警護についてはいかがいたしましょう?」
「そうだな……侯爵に何かあってはいけないから、街道沿いの警備の強化と、館の担当人数も増やしておく。あと……マリアンにつける警護も、影の者と騎士と、両方増やしておこう」
俺は護衛や警備について、頭の中でざっと配置を考えて、それを伝える。限られた人数の中で厳しくはあるが、何かあってからでは遅い。ましてや相手はランバルド侯爵だ。
ランバルド侯爵は、オールドリッチ男爵の街道沿いの関所を設ける話について、あれこれ言いがかりをつけて強引に進めさせようとした人物だ。そんな男が男爵の娘であるマリアンに会いにくるなど、ただ事ではない。それに男が彼女に会いに来ると言うだけで、苛立ちと焦燥が沸き起こるのを、自分でも気が付いていた。
「……ところで、奥様にはこの事をお伝えするのですか?」
「……機を見て伝えるつもりではあるが……」
彼女は目覚めたばかりで、まだ混乱している状態だ。そんな中で、余計な心配事を教えたくはない。
そもそも俺は、彼女がランバルド侯爵とどんな関係なのか、それを知る事を恐れいていた。もしもランバルド侯爵の名前を出した時に、彼女が期待に胸を躍らせるような表情をしたならば……とてもじゃないが侯爵と会わせてやる気にはなれないだろう。
「……俺も大概だな……はぁ……」
「ようやく旦那様も愛しいと思える方と出会えたのですから、良いじゃないですか。さっさと色々な問題を解決して、早く真の意味での夫婦になってください」
「…………」
勘の鋭いクロヴィスは、俺のため息の理由をあっさり見抜き、そんな風に意見した。
マリアンとは当初離婚するつもりでいたから、初夜の床も迎えず、夫としては未だ仮面を外さずに接しており、その事についてはクロヴィスも賛成のはずであった。しかしこの美しき従僕は、あっさりその意見を翻したようだ。
だが俺自身、もう手放すことができない位に彼女へ気持ちが傾いている。その上でどうするかなのだが……それはまだ自分の中で答えが出てきてはいない。
マリアンが何か重大な秘密を抱えているのではないかと、俺は思っていた。それが未だはっきりとしないせいで、どこか二人の間には溝がある。俺の側は勿論、彼女の悪い噂を信じていたせいなのだが、彼女の方もどこか頑なに壁の内側に閉じこもって自分を守っているように感じるのだ。だがその理由を知るには、こちらもきちんと全ての事情を話さねばならないだろう。
「いずれにせよ早いうちに、全てを彼女に打ち明けなければならないな……」
俺は深くため息を吐いた。自分で蒔いた種ながら、俺は彼女に真実を打ち明けるのを恐れていた。辺境伯である俺と騎士のルティが同一人物だと知った時、彼女にどう思われるのか、それが気がかりでしょうがなかった。




