27話 真実の欠片(バルト視点)
「お願い……できますか?」
「あぁ……!勿論だ」
マリアンの了承を得て、俺は嬉々として彼女の荷物を再び手に取る。ちょっとした外出をするのには少し大きめの革張りの鞄だ。彼女はいつもそれを大事そうに抱えていた。今はそんな大事なものを預けてくれた事に喜びを感じる。
「……持っていただいてすみません」
「っ──これくらい大丈夫だ」
申し訳なさげに俯くマリアンの耳がほんのり赤く色づいていて、思わず視線がそこに釘付けとなる。淫らな欲望がむくむくと大きくなってくるのを感じ、俺は慌てて顔を背けた。そして代わりに鞄を持っていない方の手を差し出す。
「……この混雑ではぐれるといけない。手を……」
うるさいほどに心臓が高鳴るのを感じながら、俺は勇気を振り絞ってそう言った。声や手が震えてやしないかと不安になりながら、彼女の返答を待った。
するとおずおずとその小さな手が差し出され、そっと俺の掌の上に乗せられた。
「っ──」
「……ありがとうございます」
「あ、あぁ……もう一度一緒に屋台に並ぶが、大丈夫か?」
「はい……」
俺は彼女の返事を聞き、手を繋いだまま屋台へと向かった。
屋台でいくつかの料理を買い、それを持って座れる場所にやって来た。マリアンは初めて見る屋台の料理に目を輝かせている。その微笑ましい姿に、俺は彼女との距離が少しだけ縮まったのを感じていた。
「ん……美味しいです……これ。初めて食べました」
「あぁ、これはこの地域独特の味付けだからな。焼く前の鶏肉に、予め味を染み込ませて香辛料は後から振りかけてある」
「そうなんですね。とても美味しいです」
「そうか。気に入ったのならこっちも食べてみるといい。これも美味いぞ」
「は、はい」
屋台の料理を嬉しそうに頬張るマリアンに、俺はどんどん料理を勧めた。正直彼女がここまで屋台の料理を喜ぶとは思っていなかった。
(この領地では普通だが、王都の貴族達はとてもじゃないが屋台で出された料理など口にはしないだろうな……)
ふと、王都の夜会で見かけたマリアンの姿を思い出し、そんな事を考えた。本当にあの時見たマリアン・オールドリッチというのは、今の彼女とは別人ではないかとそんな風に思ったのだ。
(それに……)
俺は先ほどの彼女との会話で、気になっていた事があった。
──私があの家から持ち出せたのは、これだけですから……──
マリアンは確かにそう言った。彼女が結婚に際して実家から持ってきた荷物はそれだけだと。そしてそう言うマリアンの表情は、酷く悲し気で切ないものだった。
確かにマリアンの実家であるオールドリッチ男爵家からは、ほとんどと言っていいほど何も送られてきてはいない。使用人は元より、身の回りの物はあの鞄の他に一つか二つほどの箱に収められるほどのものだけだった。しかも中に入っていたのは、本当に日々使うような衣服くらいで、以前夜会で見かけたような豪奢なドレスは一つもないのだと、侍女のイザベルが教えてくれていた。
(君はあの男爵家でどういう扱いを受けて来たんだ……?)
理不尽な結婚を強いられたと思っていたのは、俺だけではなかったのかもしれない。身一つで、まるで売られるようにして彼女はこのアルデリア領へやって来たのだから。
(君の方こそ、あの父親に無理やり結婚をさせられたんだな……)
俺はようやくマリアンの真実の一つにたどり着いた気がした。そしてそんな彼女を守ってやりたいと思うようになっていた。
「何か必要な物があれば、この機会に買っていこうと思っているんだが……領主館の生活で不足している物はあるか?」
「……いえ……特にございませんけど……」
「そうか……だが、社交用のドレスとかが無かっただろう?」
「え?……どうして……」
俺の言葉に、心底驚いたという風にマリアンが目を見開き固まる。俺はせめて夫として彼女に不足が無いように過ごしてもらいたくて、そう提案した。
「イザベルが言っていたからな。普段過ごす分には構わないが、辺境伯夫人として外に出る際には、心許ないだろう」
事実彼女の持ち物は、辺境伯夫人としては、とてもじゃないが足りないものが多すぎるのだ。
俺自身彼女とは離婚するつもりでいたし、部屋を用意するまではしたが、それ以上の事は何もしてやっていない。実際今の彼女の服装は、貴族女性というよりは普通の街娘と言っても通じるような物で、辺境伯である俺の隣にいては、使用人と間違われてもおかしくない様な姿だ。
「だがそれについては、予め用意してなかった俺が悪い。今度仕立て屋を呼ぶつもりだが、折角街にいるのだし今からでも行こうかと思っているのだが……」
「いえっ!ドレスとかとんでもないです!あの……今日行きたい場所はもう決まっていて……」
「そうなのか……?」
俺の提案に対してマリアンは、予想以上に恐縮してみせた。本当に、どうして彼女があの噂の悪女と同じだと信じていられたのだろう。
彼女は、派手で豪華な物を望まず、それとは正反対のささやかな幸せに喜びを見出す人間だ。だからこそ余計に、俺は彼女の望みを叶えてやりたくなるのだが、それすらも彼女は望みはしない。彼女に対して何もできずにいる事に、歯がゆさを覚えながら俺は聞いた。
「それで、目的の場所とは……?」
「それは……」
そうしてマリアンから聞き出したその場所は、想像もしなかった場所だった。




