24話 意外な同伴者
ルティとの誰にも言えない秘密が出来た私は、そのまま夜まで部屋に閉じこもっていた。クロヴィスが、領主との夕食の席をどうかと勧めてきたが、到底そんな気分にはなれず断った。
私は一人部屋で少なめの食事をとった後、寝台に突っ伏して考えた。
(目的を忘れてはいけないわ……ルティとの事は、儚い夢だったと思って忘れなければ……)
自分が何の為にここにいるのか、今一度心にしっかりと刻み込み、次に自分がしなければいけない事に想いを巡らせる。
寝台に転がりながら、視線を衣裳部屋の方へと向けた。そこには私が男爵家から持ち出した荷物が置かれている。
(まずはあれをどうにかしなきゃ……その為には街へ出なければ……)
私は頭の中であれこれと計画を練りながら、ルティの事をなるべく考えないようにしてその日の夜を過ごした。
──翌日、私は外出の許可をもらって館の外に出ることにした。朝食の席でイザベルを通して許可をもらえば、案外すんなりとその要望は通った。
先日の夕食の席で予め許可を取ってあったおかげだろう。私は想像以上に早く巡って来たその機会に、喜び勇んで玄関へと向かったのだけど──
「え……領主様も行かれるのですか?」
用意された馬車の前には、既に領主のバルトロメイが立って私を待っていた。相変わらずその表情は仮面の奥に隠されていて、何を考えているのかよくわからない。
「えぇ、何せ奥様は辺境伯夫人ですから。旦那様とご一緒に行かれるのが一番安全です」
そう言ってニコリと微笑むのは従僕のクロヴィスだ。彼はすぐに私の荷物を預かろうとこちらに手を伸ばしてきたのだが、私は慌てて体を背けて「大丈夫だから」と言ってそれを断った。
そんな私の態度に、相変わらずクロヴィスはにこやかな笑顔を崩さず、私と領主を馬車の中へと促した。
よくできた使用人だなと内心感心しながら、それでもこの状況に物申したくて、ダメ元で聴いてみる。
「あの……でも領主様は、お忙しいのでは?私は一人でも……」
「いいから行くぞ」
同行を断ろうと口を開くも、あっと言う間にバルトロメイに腕を取られて、半ば強引に馬車に乗せられた。扉の外では、クロヴィスが満面の笑みを浮かべてこちらを見ている。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ。旦那様、奥様」
「あぁ、それでは行ってくる」
私が呆然としている間に、私たちを乗せた馬車は走り出した。
「…………」
「…………」
向かい合わせで座っている中、私達はどちらも黙ったままだ。車輪と馬蹄の音が、やけに大きく響く。何となく視線を合わせ辛くて、私は特に興味も無いのに車窓から見える景色をずっと眺めていた。
そうして暫く進んだ頃、ようやく目の前の人物が口を開いた。
「体調は大丈夫なのか?」
「え?……えぇ……」
(そう言えば昨日、体調が悪いって夕食を断ったんだっけ……)
ルティとあんな事があって、同じ日にとてもじゃないけれど夫であるこの人に会う気はしなかった。
(泣きはらして目も腫れてしまってたし……それでも不誠実な事をして、夫である彼の誘いを断ってしまったことに変わりはないわ……)
私は申し訳なく思って、彼に頭を下げた。
「その……昨日はお誘いを断ってしまって申し訳ありませんでした」
「いや……体調が問題ないならいい。それより今日はどこに行くつもりなんだ?」
「えぇと、少し街の雰囲気を見てみたかったのと、お店に用事が……」
「そうか……街ならある程度詳しいから、行きたい店があるなら連れて行ってやろう」
「は、はい。ありがとうございます」
(……本当は一人で見て回りたかったけれど、こんな風に言われたら断れないわ……でもどうしよう……)
そう簡単に一人で出歩けるとは思っていなかったけれど、まさか領主自身が付いてくるとは思っていなかった。気まずいのもあるが、自分の目的の為には彼がいては少々困るのだ。
私は手に持った荷物をぎゅっと抱きしめ俯いた。するとそれに気が付いたように、バルトロメイが声を掛ける。
「買い物をするのに、わざわざそんな荷物を持っていくのか?邪魔になりそうだが」
「え、えぇ……一人で行くつもりでしたので……」
「一人で……?……それは難しいだろう。流石に護衛も付けずには歩かせられない。街の治安は良い方だが、それでも何があるかわからないからな」
「そ、そうですか……ですが私如きに護衛などつけていただかなくても……」
護衛と聞いてついルティの顔が頭に浮かび、それを掻き消そうと思わずそんな卑屈なことを言ってしまった。
もしマリアンとして出かける時に、ルティが護衛についてしまったらと思うと、酷く心がざわつく。会いたい気持ちとは裏腹に、もう会いたくないとも思ってしまうのだ。ルティと過ごした幸せな時は、ただのヴィヴィアンとしての良い思い出のまま残しておきたかった。
すると私の言葉を聞いたバルトロメイが、暫しの間黙り込む。
私は何か不機嫌にさせるような事を言ってしまったのかと焦った。そして自分を卑下することで、夫である彼を蔑ろにする発言をしていた事に、ようやく気が付いた。
「あ……申し訳ありません。護衛がいらないというのは……貴方様を貶めるような意味は無いのです。本当に感謝しております……ただ、名ばかりの妻である私に対してそこまでしていただくのが申し訳なくて……」
「っ──違う!……黙っていたのはそう言うんじゃない……そうじゃないんだ……」
バルトロメイは、私の言葉を必死で否定した。けれどそれ以上言葉を紡ぐことは無く、頭を抱え込むようにして動かなくなってしまった。
私はどうしたのかと聞こうとしたけれど、勇気が出なくて、そのまま馬車が目的地に着くまで黙っているしかなかった。




