22話 秘密の場所で交わす熱
とっておきの場所と言ってルティに案内されたのは、領主館の北側にある高い塔だった。周囲に人気が無く、所々崩れた場所があり、鬱蒼と茂る蔦が塔の表面を覆いつくしている。
「……本当にここって入っても大丈夫なんですか?」
明らかに入ってはいけないような雰囲気の場所に連れて来られ、私は恐る恐るルティに問う。
「問題ない。以前は物見の塔だったんだが、新しいのが出来てから今は使われていないんだ」
確かに近くにもっと高くて立派な塔が、別の建物と一体となる形で建っている。目を凝らせば、そちらの方にはちらほら見張りの兵がいるのが見えた。
「でも鍵がかかってますよ?本当は入っちゃダメな場所なのでは?」
「問題ない」
ルティはただ一言そう言うと、塔の入り口の扉に手をかざした。彼の掌が僅かに光を放ったかと思うと、扉に不思議な文字と陣のようなものが浮かび上がる。一見普通の扉のようだが、実は魔術によっても鍵が掛けられているようだった。
(魔術の鍵って、相当厳重なものなんじゃ……)
もし誰かに見つかったとしたら、ただでは済まないだろう。怖気づいた私は、思わず扉の鍵を開けようと後ろ向いているルティの服の裾を掴んでいた。
「あの……やっぱり戻りませんか?もし誰かに見つかったりしたら、大変ですし……」
「俺と一緒なら大丈夫だ」
ルティは、余裕の笑みを浮かべたまま答えた。そんな自信満々な彼に対し、私の不安はどんどん募っていく。
「……でももし、領主様に知られたりしたら……」
ピクリとルティの肩が揺れた。その瞬間、ガチャリと重たい音が鳴り響き、扉の鍵が開いたのだとわかる。
やがて無言のままのルティがこちらへ振り返り、笑みの消えた琥珀色の眼差しが、強く私を射抜いた。
「………君は……領主が怖いのか?」
咎めるように、そして何故か怯えるように、ルティが問う。私は素直に今の心情を吐露した。
「……正直、怖いです」
「…………そうか……」
私の返答にルティの声が沈む。けれど私が今最も恐れているのは、領主のことではない。私は俯くルティに向けて、更に言葉を重ねていた。
「……ルティ様が私のせいで怒られるかもしれないと思うと怖いです……危ないことはしないでください。もう十分案内していただきました。怒られる前に戻りましょう?」
「っ──」
何とかルティを引き留めようと懇願すれば、彼は、驚いたように目を見開きこちらを見つめる。そして次の瞬間には一気に破顔して蕩けるような笑みを浮かべていた。
「……俺が怒られるかもと思って怖がっていたのか……?……君は……本当に……」
「え──きゃっ……」
気が付けばルティの大きな手が、あっと言う間に私を捕らえて、その腕の中へと閉じ込める。抱きすくめられて触れる逞しい胸から、彼の熱と共にその力強い鼓動を感じた。
「ル、ルティ様……?」
「ヴィヴィアン……」
吐息が掛かるほどすぐ近くの距離で囁かれて、ドキリと鼓動が大きく跳ねる。低くて心地の良い声が私の名を呼び、その甘い疼きに身も心も溶けてしまいそうだった。
「どうして君は、そんなに可愛らしいんだ……」
「か、可愛らしいって……」
「自覚が無いのか?それで俺を惑わしているのだとしたら悪い子だ」
そう言ってルティの目が怪しく光り、大きな手が私の頬を包み込んだ。そして次の瞬間には、彼の唇が私のそれに重ねられていた。
「んっ……」
熱の籠った目で見つめながら、ルティは何度も私の唇を角度を変えて貪る。もたらされるその甘い熱は、淫靡な水音を立てて羞恥に染まる私の耳をも犯した。
初めて経験する官能の入り口に、息苦しさだけではない胸の痛みを感じて見上げれば、情欲の炎が灯った琥珀の瞳が優しく微笑んでいた。
「ヴィヴィアン……」
口づけの合間に甘く蕩けるような声音で名を呼ばれ、フルリと震えがくるような感覚に身体が侵されていく。
「ぁ…………」
「ヴィヴィ……」
漏れ出た吐息すらも逃がさぬようにと、熱い唇で塞がれる。彼が私の名を呼ぶ度に、全身を痺れるような歓喜が駆け巡る。その想いに応えたいと、私は熱に浮かされながら彼の名前を呼ぼうとした。
「ル──」
しかし彼の名前を言い切る前に、私はそれを飲み込んだ。僅かに残った理性が打ち鳴らす警鐘に、ようやく気が付いたからである。
(私ったら……一体何をしているの?!ルティとこんなことしてはダメじゃない!)
そう気が付けば、咄嗟に身体が動いていた。
「だ、だめっ……!」
「っ──」
精一杯の力を籠めて彼の身体を突き飛ばせば、ルティが驚きに目を見開いて呆然とこちらを見つめる。その悲し気な眼差しに胸が痛んだけれど、これ以上彼に触れるわけにはいかなかった。
「っ……ごめんなさい……っ」
掠れる声で謝罪を口にして、私はとっさに走り出す。
「ヴィヴィアン!!」
ルティが私の名を叫んだけれど、私は決して振り返らずに彼から逃げ出した。




