19話 領主バルトロメイとの晩餐
夕食の時間となり、ドレスに着替え身なりを整えた私は、クロヴィスの先導で食堂まで来ていた。
「こちらです奥様」
「ありがとう、クロヴィス」
食堂の中へ入れば、大きなテーブルと豪華な調度品の数々が目に入った。大きなシャンデリアが上から吊るされており、そこにつけられた水晶が光を反射して美しく輝いている。
奥の席には、夫であるバルトロメイが既についていた。
「遅くなりまして申し訳ございません」
この館の主よりも遅れてしまったことに詫びて頭を下げれば、僅かな沈黙の後に低い声で返答があった。
「……問題ない」
相変わらずその表情は、白い仮面の奥に隠れて分からない。けれど感情の無いその声から察するに、仕方なくこの場を設けたのだろうと推察された。
私は礼を欠かぬように所作に気を付けながら、彼の正面の席に着いた。長い食卓の端と端だから、それなりに遠い。けれどそれは互いの関係を思えば都合が良かった。
やがて使用人たちによって料理の数々が運ばれてくる。どれも豪華で素晴らしい料理であることは間違いないが、その配膳に私は驚いていた。通常なら一品ずつ運ばれるはずの料理が、全て同時に運ばれてきたのだ。
「好きな物から手を付ければいい。一々運ばれるのはうっとうしいからな」
「……はい」
この配膳は、バルトロメイ自身の指示なのだろう。けれどそれがどういう理由からかは、正直わからなかった。
戸惑う私をよそに、バルトロメイはさっさと料理に手を付け始める。順番など気にせずに食べているから、半分は本心なのかもしれない。
私もそれを見て、早速自分も食べることにした。そして再び料理に目を向けて気が付いた。
(あ……そうか……)
私の方にはスープが無い。それは希望して出さないようにしてもらったからだ。もし一品ずつ運ばれたとしたら、私だけ料理が無い時間が出来てしまう。
(もしかしてそれを見越して気遣ってくれたのかしら……)
相変わらず無言で食べる彼の表情は、何を思っているのかわからない。けれど、億劫だった食事の時間が、ほんの少しだけ楽になった気がした。
(思えば彼はまともな人なのだわ……男爵家の人たちに比べたらよっぽど……)
彼は私を嫌悪しながらも、ちゃんと部屋を用意して食事にも気を使ってくれている。夫婦としての関係を築く気は無さそうだけど、それは婚姻に至るまでの事情が事情だから、仕方がないだろう。もしかしたら、愛する相手が別にいたかもしれない。
(……あの家から出ることばかりを考えてて、結婚相手の事を考えていなかったのは私の方ね……)
それまでの私は、自分の事しか考えていなかった。打算と欲望で結婚を強要したのは、父のオールドリッチ男爵だけではなく、私の方も一緒だったのだ。
(……でも……今更後戻りはできないわ……どうせ私はここからいなくなる。それまで我慢してもらうしかない)
そんな風に思っていると、突然前から声が掛かった。
「体調は大丈夫か?」
「え、えぇ……おかげ様で……」
「……そうか。これからは料理でも何でも、気にせず要望を伝えてくれればいい。無理をしてこちらに合わせる必要はない」
「……はい」
ぶっきらぼうな物言いだが、その奥には彼の気遣いが窺える。そう思えば益々彼にとって不本意な結婚を強いている事実に、申し訳なさが募った。
「何か困っている事はないか?あれば今聞こう」
「ですが……」
突然そう言われて戸惑う。要望はあるにはあるが、少し言いづらい。
「遠慮することはない。できる限り要望に沿えるよう努めよう」
躊躇う私に、バルトロメイの方からそう言ってくれた。そこまで言われては、逆に黙っている方が失礼だと思い、伝えることにした。
「困っているわけではないのですけれど、できれば街を見て回りたいです。あと……」
「あと何だ?」
「……いえ、やはりお願いするような事ではないので……」
「遠慮するなと言っただろう。何だ?」
「あの……馬に……」
「ん?」
「馬に乗れるようになりたいです」
「馬……?」
「えぇ……あの、無理でしたら……」
「分かった。考えておこう」
「え?」
「他にないか?」
「……大丈夫です」
「何かあったら、またその時に言ってくれ」
「ありがとうございます」
まさかこんなにあっさりと要望が通るとは思っていなかったので、私は驚きを隠せなかった。けれどバルトロメイは、何事も無かったかのように食事を続けている。その姿を私は、暫くの間呆然と見つめていたのだった。