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17話 揺れる心(バルト視点)


 午前中をメイド姿のヴィヴィアンと過ごした俺は、昼食の時間を過ぎてからやっと執務室に戻って来た。そして昼食を持ってきたクロヴィスに、ニヤニヤと詰め寄られる羽目になっていた。



「それでルティ様?奥様との逢瀬は楽しかったですか?」


「……うるさい、お前はその名前で呼ぶな」



 テーブルの上に食事を並べながら従僕のクロヴィスが、わざと俺のことを愛称で呼ぶ。さも楽しそうに揶揄ってくるから余計に腹が立つ。



「まさか午前中の仕事をすっぽかしてまで一緒にいるとは思いませんでしたよ?おかげで私が旦那様の代わりに残っていた仕事をしたんですからねぇ。せめて状況くらい聞かせていただかないと」


「……」



 ニヤニヤと揶揄いつつも、俺に対する嫌味を言うのを忘れないのが、この男の嫌らしいところだ。だがそれに反論できない俺も俺だ。マリアン・オールドリッチには警戒を怠らず、早々に彼女を追い出すつもりだったのに、すっかりヴィヴィアンとの時間を楽しんでいたのだから。


 俺はバツが悪くてその質問には答えずに、逆にクロヴィスに問うことにした。



「お前は知っていたのだろう?彼女が使用人の格好をして抜け出そうとしていたのを」


「えぇ、そうですね。何やら面白い格好をして部屋から出ようとしてましたので、旦那様に報告したまでですよ?」


「だったらもっとしっかり報告すべきだろう。それをあんな言葉だけでは、その後起こる危険性まではわからない。下手をしたら取り返しのつかない事になっていた」



 マリアンがバルコニーから抜け出す可能性を知っていたなら、彼女が危険な目に遭う前に防げたかもしれない。もし俺が間に合わなければ、大怪我をしていたかもしれないのだ。


 そう言えば、流石にクロヴィスも悪かったと思っているらしく、素直に自分の非を認めた。



「それは……確かに……私の考えが足りませんでした。申し訳ございません」


「何にせよ怪我が無くて良かった。だが思ったよりも彼女は行動的だ。部屋の前に護衛をつけるのは逆効果かもしれないな。また抜け出そうとしてバルコニーから落ちても困る」


「ですが、自由にこの館を歩かせるのもどうかと……」


「あぁ、それはわかっている。だが、ちゃんと目の届く範囲で誰かが付いていれば大丈夫だろう。俺がやるから問題ない」



 俺は、ヴィヴィアンと過ごした時から考えていた事を話した。マリアンが館を自由に歩きたいと言うのなら、それをヴィヴィアンの姿で叶えてやればいいのではないかと。



「それは、旦那様が騎士のルティとして奥様に付くと?」


「あぁ、だが正確にはメイドのヴィヴィアンに付くのだがな」


「何でわざわざそんな事を……」



 俺の提案に、クロヴィスは呆れているようだった。確かにわざわざ騎士の姿でメイドのヴィヴィアンに付かなくとも、本来の姿である辺境伯として妻のマリアンを普通に案内すればいいだけの話だ。


 だが俺は、ヴィヴィアンにこの館を案内したいと思っていた。得体の知れないマリアンという存在よりも、あの無邪気な笑顔のヴィヴィアンを。


 しかしそんな感情は勿論、クロヴィスの前では言えない。それに何も俺は自分の感情だけで話しているのではなかった。この館の主として、オールドリッチ男爵家からやって来たマリアンという存在を良く知る必要があると思ったから提案したのだ。



「彼女は姿を偽って外へ出ようとした。つまりそこに何か思惑があるってことだ。だから敢えてその姿のままで外に出す」


「はぁ……まぁ確かにそれも一理あるかもしれないですが……」



 まだ納得がいかないと、クロヴィスは表情を曇らせる。奴なりに俺と彼女との距離感に、何か思う所があるのかもしれない。



「とにかく俺の目のある所で、ある程度の自由を彼女に与えてみたい。そうすれば、彼女が何を考え、どういう人物なのかわかるだろう。その後の対応もしやすいというものだ」


「ですが奥様を、そのまま放置しているわけにもいかないのでは?メイドとしての扱いだけでは、後々オールドリッチ男爵に何と言われるか……」


「それもそうだな……」



 クロヴィスの提言に、俺は確かにそうだなと思った。いい加減この館の主バルトロメイとして、妻のマリアンに会う機会を設けなければいけない。


 何せ彼女は、俺が騎士のルティとして既に会って話しているとは知らないのだ。いつまでも会わずにいては、妻を放置する最低の夫になってしまう。何より、メイドのヴィヴィアンではなく、妻のマリアンとしての彼女を知る機会も必要だ。



「では、今日の夕食を一緒にしないかと伝えておいてくれ」


「……それはマリアン様にですか?それともメイドのヴィヴィアン様にですか?」


「……マリアンの方に決まっているだろう……」


「ふふ……かしこまりました」



 揶揄うようにして聞いてきたクロヴィスを、俺は睨みつけてやった。しかし奴は楽しげに笑うだけで、恭しくお辞儀をしてから退室していった。


 俺は、盛大にため息を一つ吐くと、遅い昼食に手を付け始めた。一人で味気ない食事を取りながら、俺は先ほどのヴィヴィアンと過ごした時間を思い出す。


 庭園の花を前に、その翡翠色の瞳をキラキラと輝かせていたヴィヴィアン。その姿を見ているだけで、思わずこちらも笑顔になってしまうような、そんな不思議な魅力を彼女は持っていた。


 ヴィヴィアンは花が好きなようだったから、俺はつい庭園の隅々まで案内してしまった。今思えばメイドにそこまで案内する馬鹿はいないだろう。自分でもわかっていたが、彼女が花を見て笑顔になる度に、もっとそれが見たいと思ってしまうのだ。


 おかげで庭園の案内だけで昼の時間になってしまった。流石に昼食を挟んで午後も一緒にいるわけにはいかず、俺は彼女と別れて執務室に戻って来た。勿論彼女のことは、他の護衛にこっそりと見張らせて、部屋に戻るのを確認させている。


 この領主館はとても広い。丸一日かけても全てを回りきることは出来ないだろう。だから俺は思わず、明日の午前中も案内しようかと、別れ際にヴィヴィアンに言ってしまったのだ。



「また明日……か」



 嬉しそうにしていたヴィヴィアンの姿を思い出し、俺は胸の奥が甘く疼くのを感じる。事後報告的にクロヴィスにヴィヴィアンとのやり取りを伝えたが、やはり俺はただのルティとして彼女との時間を楽しみたかったのだと今更ながらに苦笑する。 



──きっと、前の奥方様は、この庭園のように素敵な方だったんでしょうね──



 庭園を見てそんな風に言ってくれたヴィヴィアンに、俺は特別な感情が自分の中に生まれるのを感じていた。


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>俺がやるから問題ない  まぁ…一緒にいたいと思えば、どんなへりくつでもこねますよねぇ(^^)
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