01話 置き去りの花嫁
「花婿は花嫁に誓いの口づけを──」
ステンドグラス越しの柔らかな光が鮮やかな色を作る中、司祭の放ったその言葉に一層空気が重くなった。
本来なら最も喜びに満ち溢れているであろうこの瞬間。しかし今この場を支配しているのは、喜びとは全く別の感情だ。
「誓いの言葉も口づけも必要ない。どうせこの婚姻は愛の欠片もないものだからな」
「で、ですが……」
「いらぬと言ったらいらぬのだ。どうせ書類だけの関係。神もこの婚姻を祝福などしたくはないだろう」
「っ……」
苛立ちを隠そうともせずに、婚姻そのものを否定する花婿。司祭が驚いて絶句するのも無理はない。
普通なら永遠の愛を誓う結婚式でそんな言葉を聞くはずがないのだから。
「はぁ……」
花婿は白磁の仮面の奥で大仰にため息を吐くと、全てを拒絶するかのように腕を組み、足を小刻みに揺らしている。
尊大で威圧的な態度でも許されるのは、彼が辺境伯という高い地位の持ち主だからだろう。
だろうと言ったのは私自身、彼の事をほとんど知らないからだ。花婿とは今日初めて会い、そのまま結婚をすることになった。
手を取り合うこともなく、一言も言葉を交わさず、ただ並んで祭壇の前に立っただけ。
花婿のことでわかるのは、彼が白磁の仮面を付けていることと、僅かに見える口元が常に不機嫌そうに固く結ばれていることだけだ。
嫌悪と苛立ちに満ちた相手の様子。けれどそれに対して花嫁である私が言えることは何もない。夫となる彼にとってこの結婚には愛が無いどころか、不本意極まりない事情があるのだから。
「もうこれ以上用はないだろう。失礼する!」
もはや我慢ならなかったのか、花婿はさっさと祭壇から降りると、一人で出口へ向かって行ってしまう。
「あ、領主様!!」
側で見守っていた彼の侍従が、慌ててその後を追いかけていく。置き去りにされた私を気まずげに一瞥してから走り去るその背に苦笑するしかない。
ヴェールを上げられることもなく、置き去りにされた惨めな花嫁。
逃げ出したくなるような状況だけど、このままいなくなっては司祭が困るだろうし、ちゃんと最後まで式を見届けてもらわなければいけない。
案の定、司祭は立ち去った花婿に固まっている。しかしすぐに自身の役目を思い出したように続く言葉を口にした。本来ならば誓いの口づけの後に言う言葉を──
「……こ、これにて、アルデリア領の領主バルトロメイ・イラーセク伯爵と、オールドリッチ男爵息女マリアンの婚姻を認めるものとする……」
消え入りそうなほどの弱々しい声で紡がれた、婚姻を認める宣言。だが虚しく聖堂に響くその言葉に、応える歓声も拍手もない。
この婚姻を祝福するはずの参列者は、私達の他に誰もいなかったのだから──
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