9話
すみれは大河と辰斗を振り返ると、二人の表情を探った。
大河は考えるまでもなく、納得とワクワクの表情を浮かべていた。『広瀬の鬼才』として家系継承スキルがあることは当然として、それが固有スキルとして固定化されるとなるとどうなるのか楽しみ、といったところだろう。
辰斗のほうはもう少し複雑だ。表面上は微笑んでいるようにしか見えない。表情から感情を押し測るのは難しい。ほんの少し目つきが鋭くなったくらいだ。何かしら思うところがあるらしい。
すみれが視線を宰相に戻そうとした時、視界の端に一人、気になる表情をした人物をとらえた。穂積亜矢だ。
彼女は辰斗と小学校まで家が近所だった幼馴染だ。辰斗は中学生から広瀬家の屋敷に移り住んだので離れていたが、高校で再会して以降は屋敷にも遊びに来ていた。今でも出入りしているそうなので、広瀬・播磨両家との関係も良好なようだった。
そんな亜矢が、嫌悪と心配に少しの不安を滲ませた顔で三人を見ていた。
辰斗の幼馴染であり、屋敷に出入りしている“理解者”だった亜矢がそんな表情をしているのは気になる。
だが、今は宰相と宮廷魔術師の対応が先だ。
すみれは思考を宰相の方に集中させた。
「どのようなスキルを継承されているか、予想がつきますか?」
「いいえ。体力と攻撃、知力と支援、このくらいは絞れますが、それ以上となると難しいでしょう。私たちには、こちらの世界の魔法がどのような原理で成り立っているのかわかりませんから」
「勇者様方がもといた世界での能力がどう昇華されるのかは未知ってことかぁ」
「その通りです」
宰相による問いかけに、ある程度の予測は交えつつ不明として答えておく。
宮廷魔術師は少し残念そうにしながらも、納得したようだったので、肯定しておいた。
これ以上、お互いの情報を引き出すことはできないと判断したのだろう。宰相は皆に集まるように言うと、宮廷魔術師に魔法陣を準備させた。
「おお、これが魔法陣ってやつか」
「なんかワクワクするわね。どんな文字で書いてあるか気になるわね」
「魔法陣で使う文字は魔術師には必須だから、これから学ぶはずだよ」
雄二がキラキラとした目で魔法陣を見て言った。紗奈も見たことがない文字に興奮しているようだ。魔法に興味を持たれたからか、説明する宮廷魔術師の声もはずんでいる。
「これから、あなた方が滞在する屋敷へ案内します。この屋敷の主人は第二王子殿下です。
あなた方はお客人です。殿下はたいへん寛容な方ですが、節度は守ってください」
宰相はそう言って、鋭い視線を何人かに向けた。大河や雄二、それに何故か宮廷魔術師にも視線を向けていたように思う。
見た目は15歳の学生でも中身は社会人だ。ある程度の良識は持っていると信じたい。
すみれは紗奈の隣に行くと魔法陣に目を向けた。
確かに特殊な文字を使っているようだが、法則性はなんとなくわかる。これなら、すぐに習得できそうだ。
全員が魔法陣の周りに集まると、宮廷魔術師は手にした杖を魔法陣に向かって掲げた。
ぼうっと魔法陣が光り、床一面に紋様が広がっていく。
壁際にいる騎士を除いた全員の足元にまで広がった瞬間、光がはじけた。
光がおさまった時には、魔法陣に乗っていた全てのものが部屋から消えていた。




