3話
「何なんだ、あの野郎は!」
地を這うような低い声が聞こえた。
決して大きな声では無いが、よく響く。
すみれは咄嗟に声の主の頭を押さえつけた。
「少し黙っていて。状況を整理するわ」
「すみれ、お前はムカつかないのかよ、あの態度っ!」
「あの男性は自分を宰相だと言ったわ。
国の重鎮だし、政治に関しては主導権を握っているかもしれない。部下への態度だと思えば納得できる範囲内でしょう」
「わかったよ」
そうして声の主、広瀬大河はおとなしくなった。
「鮮やかななお手並。流石は“播磨”」
親友の紗奈が茶化すが、そちらはスルーする。ここで反応すると、大河をおとなしくさせた意味がなくなる。
紗奈と大河は高校時代、喧嘩友達だった。大河は紗奈に言い返したくてムズムズしているだろう。
「あの…皆様、そろそろご移動願えますか」
すみれ達が戯れ合っていると、痺れを切らした案内役の騎士が声をかけた。
召喚されたクラスメイト達の顔には「忘れていた」と書いてある。
それほど存在感が薄い…否、大河達の存在感が大きすぎて霞むのである。
「ああ、すまないな。案内をお願いします」
見かねた元学級委員の谷崎一成が騎士に声をかけた。
一成はバスケットボール部のキャプテンをしていた面倒見の良い男子だった。
今はプロのバスケットボール選手にまでなっているらしいので、実力は本物だったのだろう。
当時から大河と共にクラスの中心人物だった。
一成が騎士に声をかけた事によって、クラスメイト全員が移動の準備を始めた。
人心掌握が上手いあたり大河とは違う、とすみれは感心した。
「国王陛下は既にお待ちです。宰相閣下も謁見の間に先に向かわれておりますので、お急ぎください」
金髪の騎士は、どこか焦った様子ですみれ達を急かす。
(もしかしたら、あの眼鏡宰相は冷血漢だったりするのだろうか…)
すみれはそんな事を考えながらも、表には出さずに粛々と騎士についていく。
クラスメイト達も綺麗に整列して歩いていく。キョロキョロと周囲を見回す者は大河以外にはいない。
(勇者として召喚したという事は、魔法か何か、地球とは違う技術が存在する世界ということ。だけど若返るのは?宰相だと名乗った男は何も言っていなかった…という事は仕様ではない…ならば…)
「すーちゃん、眉間に皺が寄ってるよ」
声をかけられて、すみれはパッと顔を上げた。
見上げると、気遣わしげな表情をした横山辰斗がいた。
横山辰斗。
すみれの高校の同級生であり、すみれと大河の遠縁の親戚に当たる。
大河の曾祖母と辰斗の曾祖母が姉妹であり、辰斗の祖父とすみれの祖母が兄妹なので、すみれと大河に血縁関係は無い。
一重の眼に柔和な顔立ちをしている癒し系だ。
(ああ、癒し…)
辰斗が話しかけてきたことで、すみれはほっと息を吐いた。
「少し、考え事をしていたの。召喚された事もそうだけど、私たちに起こってる不思議な現象についても」
若返りについて召喚した国の者たちが把握しているのかわからなかった為、すみれは言葉を濁して伝えた。
「そっか、すーちゃんはそういうの気になっちゃう性分だもんね。だけど眉間に皺寄せてると疲れちゃうよ。リラックス、リラックス〜」
辰斗はそう言ってすみれの眉間をほぐすように指をグリグリと押し付けると、笑いかける。
どうやら、すみれは考えをまとめる為にかなり力が入っていたようだ。
身体の力が程良く抜けたすみれは辰斗にお礼を言うと、前を向いた。
ちょうど謁見の間に到着したところだった。