1話
「はあ…」
都心のビル群の間を歩きながら、播磨すみれはため息を吐いた。
「つまらない…」
そう、口をついて出た言葉に、そうだったのかと彼女は納得する。
本当は「疲れた」と言おうとしていたのだ。
けれど実際にこぼれたのは「つまらない」という言葉。
すみれは今、生きていく事に満足していない。
「楽しみ」を見出せていない。
それは何故なのか、彼女は自問する。
『冒険家の広瀬大河さんと女優の白石若菜さんの熱愛か!?夜のお忍びデート激写』
街頭放送から、そんな言葉が聞こえた。
(あいつは楽しそうだな。私は恋愛なんて、ほとんど出来なかったのに…。)
すみれの中に、後悔の念が湧いていた。
恋愛について、今まで考えた事がない訳ではない。いずれは結婚もしたい。
けれど、すみれの人生はこれまで、恋愛をする暇が無かったのだ。
高校までは恋愛以外に気にかかる事が多くあった。大学時代は一人暮らしを始めたこともあり、自活するだけで精一杯だった。
就職して社会人になると周囲から「良い人いないの」と聞かれるようになり、焦り始めた。
社会人は結婚や出産などの現実を知る年齢でもある。それらを考えてしまえば、「好きだから」ではなく「お金やスペックの為に」結婚するように思えて、男性との関わり方がわからなくなっていた。
「どうせなら、将来に希望が沢山あった学生の頃に戻って恋愛したい…」
そう呟いた時、すみれの目の前が真っ白になった。
「何っ!?」
反射的に目を瞑る。
ようやく光が収まり、すみれが恐る恐る目を開けると、そこは見たことの無い部屋だった。
広々とした部屋に何十人も人がいる。
床には細かい刺繍が施された赤い絨毯が敷かれ、壁には様々な絵画が掛けられている。
上を見上げると、2階分くらいはありそうな高い天井から大きなシャンデリアがぶら下がっている。
「…何、ここ。」
そう呟いたのは、すみれではなかった。
声がする方を見ると、親友の徳永紗奈がいた。
白いブラウスに紺の九部丈のパンツ、グレーのジャケットという定番の服装だ。
いつもの紗奈のようであるが、何処か変だ。
「お前らも、居るのかよ。」
別の方向から、よく聞き馴染みのある男の声がした。
すみれがそちらを向くと、白いTシャツに黒のスラックスを履いた“すみれの幼馴染の”広瀬大河がいた。
「お前ら“も”?」
その言葉に疑問を抱き、すみれは周囲を見回した。
そこには見覚えのある顔がいくつもある。
高校のクラスメイト達が、大人っぽい服を着ていた。
ここで、すみれは事態を把握した。
みんな、10年前の高校生の頃まで若返っているのだ。そして、すみれ自身も同様に若返っているのだろう事も…。