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ざまぁからのあらたな選択

「北の凍土に流されるのは、スミではない。きみだよ、スライ」


 大広間の大扉が音高く開いた。


 そして、キラキラ輝く美貌の男性が大広間に入って来た。


「だれだ、おまえは?」

「だれ、あれ?」


 スライや義姉だけではない。だれもが美貌の男性がだれかわからない。


 いまや大広間内の全員が、美貌の男性ただひとりに注目している。


 彼はじつにカッコよく歩き続け、こちらに近づいて来る。


 そして、彼はわたしの横に並び立った。


 その間、だれもが彼の正体について憶測や推測をしている。


 だけど、わたしにはわかった。美貌の男性の正体が、である。


 わたしには、なぜか彼の正体がすぐにわかった。


 どうしてわかったのか? その理由はわからない。理由はわからないけれど、とにかくわかったのである。


 いいえ。わかったというより、感じたと表現した方がいいかもしれない。


 そう。彼がクレイグだということを感じたのだ。


 美貌の男性は、クレイグ・コパーフィールドなのである。


「スミ」


 クレイグに見つめられた途端、わたしの小柄な体全体に安心感と満足感が広がった。


「王子殿下」


 平静を保たねばと思いつつ、彼を呼んだ声は感動で震えていた。


「遅れてすまない。もっとはやく来たかったのだが、いろいろ手配があってね」


 彼の言う手配の意味はわからない。いずれにせよ、いまのわたしは小さく微笑むことしか出来ない。


「さて、第一王子。きみは、いろいろやらかしていてマズい状況だということがわかっていないようだ。パーティーの席上で素敵なレディをさらし者にしている暇や余裕はないはずだ」


 クレイグは、手でわたしを示した。


「だから、おまえはだれだ?」

「これは失礼。そうか。きみは、おれのことも相手にしようとはしなかったからな。容姿はともかく、声でさえききわけられなくて当然か。バーバラ、きみもだ。きみはおれの婚約者のはずなのに、ずっと第一王子と不義を重ねていたからな」

「まさか、あのデブ? 銀仮面のデブなの?」

「おいおい、まさか……」


 義姉とスライは唖然としている。


 わたしは、クレイグに初めて会ったとき違和感を覚えた。


 そして彼に毎日のように会ううちに、その違和感の正体に気がついた。


 クレイグは、体に真綿を巻き、口の中にも綿を含み、太って見せていた。それだけではない。性格や能力も隠していた。


 いいえ。バカで愚かで人嫌いという最悪な男を演じていた。


 ほんとうは、まったく違っていた。


 クレイグは、わたしの前でだけは容姿以外は素の自分をさらけだしてくれていた。


 わたしは、それがうれしかった。なぜか満足し、優越感に浸っていた。


「そうさ。第七王子のクレイグだよ」

「おまえが第七王子? 嘘だ」

「そうよ。あのデブの銀仮面が? なんの冗談なの?」


 スライと義姉は、卒倒してしまうのではないかというほど真っ赤な顔で叫んでいる。「嘘でも冗談でもない。おれは、正真正銘第七王子のクレイグだ。ところで、おれの正体などより、第一王子、いや、元第一王子。きみのことだ。きみの正体のことだ」

「元第一王子?」

「そうだ、スライ。元、とつけられる理由に心当たりがあるだろう?」

「いいや、まったくないね」

「どうだろうか? スミ、彼から尋ねられただろう? 『愛』か『金貨』かのどちらかを? きみは、どちらを選択した?」


 ハッとして顔を上げると、クレイグの眩しいまでの美貌がわたしを見下ろしている。


 その碧眼は、銀仮面のときの彼のそれとまったくかわらず澄み渡っている。


「はい、王子殿下。『愛』か『金貨』かを迫られました。そして、先程返答しました。『金貨』を選ぶ、と。ですが、婚約者でありながら愛や忠誠心のない強欲な奴だと。その上、義姉を虐げ続け、他の男と不義を重ねていると。だから、凍土へ追放すると処分をくだされてしまいました」


 最後の方は、声が小さくなっていた。


 もしかすると、クレイグにきこえなかったのかもしれない。


「まったくの言いがかりだ。それどころか、逆にスミが害を被っていることばかりだ。スミは、加害者ではない。彼女が被害者というわけだ。しかも、スライとバーバラの不義は、この場にいるだれもがよく知っている。しかも、いまや婚約者どうしとなったスライとバーバラでさえ、おたがい他に相手がわんさといる。この大広間内のどれだけの子息令嬢たちが複雑な気持ちでいることだろうな。スライとバーバラに関しては、『愛』にたいする罪だけではなく、『金貨』にたいする罪もある。借金の踏み倒しや強請やたかりや賄賂。これだけでも充分すぎるが、そのゴタゴタで複数の死者が出ている。まだあるぞ。クローク公爵と組み、他国に機密情報を流している。多額の報酬を得る為にな」


 クレイグのスライにたいする罪の言及。


 しかも、お父様まで?


 衝撃でしかない。


「これだけの悪事を働き、王子でいられると思うか? 元王子と呼ばれるにふさわしいだろう?」

「嘘だっ! 嘘をつくな」


 スライの叫びは、大広間内に飛び込んできた憲兵隊や近衛兵や大広間内の人々の驚きの声でかき消されてしまった。


「おまえなど、強欲商人の息子じゃないか? おれを、おれをハメたな?」

「わたしは関係ないわ」

「そうだ。わたしも関係ない」

「わたしもよ。わたしは、まったくの無実よ」


 あっという間だった。


 スライだけでなく、義姉とお父様と義母が取りおさえられたのである。


 あとで知ったことだけど、義母も情報漏洩などに関与していたらしい。


「スミ」


 クレイグに呼ばれ、彼の側に行った。


 スライと義姉は、近衛兵たちによって大理石の床上に跪かされている。


「スライ、安心したまえ。きみの要望通り、きみとスミは婚約者どうしではない。おれがちゃんと手配しておいた。きみとスミの婚約は、すでになかったことになっている。そして、おれとバーバラもだ。とっくの昔に婚約を破棄した。スライとバーバラ。このふたりが婚約者になれるよう、ついでに手配しておいたよ。もちろん、認可済みだ」 

「ちょっと、なにを勝手に? あなたの婚約者はわたしでしょ? わたしは、認めないわよ」


 義姉が勝手なことを叫ぶと、クレイグはキラキラ光る美貌に冷笑を浮かべた。


 クレイグはゾッとするほど冷たい笑みをはりつけ、義姉を見下ろす。


「きみに認めてもらおうというつもりはない。おれにはすでにあたらしい婚約者がいるからな」

「なんですって?」

「なんだと?」


 義姉とスライは、おたがいの顔を見合せた。


「スミ、おれから質問させてもらっていいかな?」

「もちろんです、王子殿下」

「スミ。きみは、『愛』と『金貨』のどちらを選ぶ?」


 なんてこと。また二択? しかも、クレイグから選択を迫られるなんて……。


 ほんのすこしだけ驚きはしたけれど、彼の二択に迷いはない。


「王子殿下……」


 小柄な体ごとクレイグに向き直り、彼を見上げた。そして、碧眼を見つめつつ口を開く。


「わたしは、わたしは『愛』も『金貨』もどちらも選びます。わたしにとって、どちらも必要ですから」


 大広間内は、ふたたび静まり返った。


 そう。わたしにとって必要なのは、『愛』だけでも『金貨』だけでもない。


 いまのわたしにとって必要なのは、『愛』と『金貨』、どちらもなのだ。


 いまクレイグに問われ、自分が『愛』と『金貨』の両方を欲しているのだと知った。


 いいえ。その両方を切望しているということを思い知らされた。


「あの、申し訳ありません。両方だなんて、強欲ですよね?」


 告げてから、急に気弱になった。怖気づいた。おもわず、俯いてしまった。


「スミ、きみの本心がきけてよかった」


 美貌とはかけ離れた節くれだったクレイグの指。それが伸びてきてわたしの頬をそっと撫でた。その指が、わたしの顎を上げさせる。


「スミ・クローク公爵令嬢。おれは、きみに『愛』も『金貨』も与えよう。そこにいるだれかさんと違い、おれにはきみに充分すぎるほどの『愛』と『金貨』を持っている。スミ、だからおれの婚約者になって欲しい」


 驚きよりもうれしさが勝った。


 先程の「愛」か「金貨」かの二択よりも、返答は簡単である。


「はい、王子殿下」


 うれしすぎるのに涙が止まらない。


 彼の美貌が近づいてきた。


「よかった。じつは、すでに国王陛下に承認をもらっているんだ」


 そして、彼はわたしの耳にささやいた。


 クレイグがわたしを婚約者にするという発表とそれに続く人々の歓声。そして、連行されるスライと義姉とお父様と義母の叫び。


 どちらも耳に入ってこなかった。


 しあわせを噛みしめていたから。


 クレイグと彼との未来に思いを馳せていたから……。


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