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第七王子は去り、あの日がやってきた

 クレイグにすべてを話してから、彼はお母様の実家が有する別荘に行ってしまった。


 彼は、最後に図書室で会ったときにわたしにこう言った。


「スミ、この前は大事な話をしてくれてありがとう。きいてほしい。きみは、これからもいままで通りにすごして欲しい。きみの家の状況は、おれも承知している。きみのいまの状況をね。耐えるのはつらいことだ。おれは、それも承知している。王宮でもそうだ。この図書室から一歩出れば、きみの状況はきみにとってつらいことばかりだ。おれは、そのことも承知している。承知していて、敢えてきみに頼みたい。いままで通りすごして欲しい、と。一生続くわけではない。いつかは終わる。同じ人生ではない。前とは違う人生だ。その違う人生を歩む為に、自分自身、それからおれを信じていまのままでいて欲しい。とはいえ、きみがきみ自身を変えようというのは賛成だ。それは、きみが違う人生を歩む励みや助けになるだろうから。だけど、いまはまだ大きく変わるときではない。いまはまだ、ね」


 クレイグは、目と目を合わせ、一語一語噛みしめ、いっきに告げた。


 彼の澄み渡った碧眼には、なんの感情も見られない。すくなくとも、わたしにはそれを見つけることは出来ない。


 図書室の窓から射しこむ陽光が、彼の銀仮面をキラキラさせている。


(やはり、彼はわたしの話を信じていないのね。信じてもらえなかったのね)


 彼の澄み渡った碧眼を見つめながら、落胆を禁じ得ない。


(彼に嫌われてしまったのね)


 わたしの話は、ふつうなら荒唐無稽すぎる。それは重々承知している。それでも、クレイグなら信じてくれるかもしれない。彼なら、わたしの話を信じてくれる。そう期待していた。いいえ。切望していた。しかし、彼は信じてくれていない。彼に信じてもらえなかったのだ。


 が、なぜかはわからない。なぜかはわからないけれど、信じてくれなかったことよりも彼に嫌われてしまったということの方がショックだった。


(わたし、なににたいしてショックを受けているの?)


 彼に嫌われたということの方がショックだということに、ショックを受けずにはいられない。


(わたしは、スライの婚約者よ。昔もいまもこの先も。この先、スライがわたしを凍土に追放するまで、顧みられないとはいえ彼の婚約者なのよ。それなのに、それなのにクレイグに……。わたし、いったいどうなってしまっているの?) 


 内心のショック、それによる動揺や混乱を悟らせぬ為、クレイグに了承の意味で頷くことしか出来なかった。


 クレイグは、別荘に行ってしまった。


 わたしは、またひとりぼっちであらゆることに耐え忍ぶ日々を送った。



 やはり、クレイグに嫌われてしまった。


 彼は、わたしから逃げてしまったのだ。


 彼と会えなくなってから季節がかわった。すでに冬が始まっている。


 そして、ついにやってきた。


 わたしが死ぬきっかけとなったパーティーが。


 王宮で開催されるパーティー。そのパーティーの後、わたしはスライに「愛」か「金貨」かの二択を迫られ、婚約破棄の上追放された。


 そして、北辺の凍土で飢えと寒さで死んだのだ。


 そのパーティーがやってきたのである。                                                                               

 

 王族の馬車が迎えに来るまでに準備はすませている。


 お母様が着用していた唯一のドレス。流行のデザインではないし、胸元だって完全に隠れている。公式の場にいつも着用しているものだから、色褪せ生地は薄くなったりほつれたりしている。


 それでも、そのお母様のドレスしか着用出来るものはない。


 一方、義姉は流行のデザインで胸元が開いたドレスを着用している。義姉は、どのようなドレスでも一度しか着用しない。その義姉に、お父様は毎回買い与えている。


 準備を済ませたタイミングで、王族の馬車がやってきた。


 スライみずからが迎えに来たのである。前回の人生では、一度もなかったことである。


 その時点でイヤな予感がした。


 居間に通されるなり、スライは義姉とイチャイチャし始めた。


 もはや、それを隠すどころか人目をはばかることさえない。


「時間がない。さっさと行こう。お楽しみは、パーティーの後だ」

「いやだわ。それまでガマン出来るかしら?」


 ふたりは、わたしだけでなくお父様や義母や使用人たちの前でもお構いなしである。


「というわけで、おれのパートナーはバーバラだ。クローク公爵、バーバラの第七王子との婚約破棄は申し出たか?」

「いえ、まだでございます。さすがに、王子殿下との婚約となりますので」

「ったく、使えん奴だな。もういい。どうせあいつは、どこかにひきこもったまま出てこないんだ。どうにかなる。とにかく、今日のパーティーでバーバラとの婚約を発表する。公爵も公爵夫人もそのつもりでな」


 なんてこと。スライは、自分の婚約だけでなく義姉とクレイグの婚約まで潰そうとしている。


「ああ、おまえ。名は……、なんだったかな? まあいい。『愛』と『金貨』、どっちがいい? どちらでも準備してやろう。考えておけ」


 スライがわたしに言っていた。


 わたしが彼の婚約者であると思いだしたのかしら? さすがにバツが悪いのかもしれない。


(いま、ここで『愛』か『金貨』かを尋ねてくるなんて……。前回とは異なるみたい)


 前回の人生とは、あきらかに異なっている。


 二択を迫られるタイミングも含めて。


「おっと、時間がない」


 内心で動揺するわたしをよそに、スライと義姉とお父様と義母はさっさと行ってしまった。


 わたしを置き去りにして。


 王族の馬車で王宮に向ってしまった。


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