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第七王子とのひととき

「あ、あの、も、申し訳ありません」 怖くて怖くて顔を上げることが出来ない。


 両腿の上にのっている四巻の表紙に目を落としたまま、何度も同じことを呟く。


 俯くわたしの頭に、威圧的な雰囲気が落ちてくる。


「怒鳴ってすまなかった。きみがいることに驚いてしまったんだ」


 その声は、意外にやさしく穏やかである。


「きみは? 顔を上げてくれないか?」


 当惑の中にもわたしへの気遣いが感じられる。


(ダメよ。堂々としなくては。悪いことをしているわけじゃない。変わらなくては。いままでみたいにオドオドしてはダメ。そうでなきゃ、また死んでしまう。『愛』か『金貨』かの選択に迫られたとき、『金貨』を選ぶのだから)


 頭ではわかってはいるものの、心はそうはいかない。


 それでも、意を決して顔を上げることにした。


(飢えと寒さで死ぬのはもうごめんよ)


 それに尽きる。


 恐る恐る顔を上げた。


「……!」


 声も出なかった。


 顔を上げた先にあったのは、銀仮面だった。


 わたしの前に立ってこちらを見下ろしているのは、義姉の婚約者クレイグ・コパーフィールドであった。


「きみは、クローク公爵令嬢だね?」

「はい、王子殿下。バーバラの義妹です」

「第一王子の婚約者、だろう?」

「はい、王子殿下。一応、婚約者です」

「座ったままで」


 立ち上がろうとすると、彼は手を上げて制した。それから、大きな体を揺すって本棚と本棚の間の通路に消え、すぐに現れた。

 手に木製の椅子を持って。それから、それをわたしの前に置いて自分も腰かけた。


 背はそれほど高くはないけれど、大きな体である。が、そのわりには動きが滑らかである。というよりか、すばやい。顔は、よく見るとなかなかの美貌かもしれない。プックリしている頬が可愛らしい。金髪は短く刈り揃えていて、碧眼は澄み渡った湖みたいにきれいである。


 噂通りの外見だけれど、こうして間近で見ると違和感を抱いてしまった。


「あらためて、おれはクレイグ・コパーフィールド」


 差し出された右手は、分厚くて大きい。だけど、太って肉がついているという分厚さや大きさではない気がする。


「スミ・クロークです」


 差し出された彼の手を握ると、軽く握られた。


 握手なのだから当然だけれど、力を加減してくれているというやさしさを感じる。


 しかも、すごくあたたかい。


 わたしの手は、いつも冷たい。あまりの冷たさに不快な思いをさせたかもしれない。


「きみは、よくここに来ているよね?」

「は、はい。読書が唯一の趣味なのです」


 手が離れると、彼が尋ねてきた。


 途端に恥ずかしくなった。


「それから、王立図書館にも通っているね」

「ど、どうしてそれを?」

「すまない。監視している、とかではないから安心して欲しい。じつは、おれもそうなんだ。読書、だよ。おれも読書が唯一の楽しみなんだ。だから、きみを見かけるわけだ。だが、ここでも王立図書館でもきみに話しかけるのは迷惑かなと思ってね。だが、今日は……。そうだな。きみがいることに気がつかなかった、かな?」


 彼の説明の最後がなにかひっかかったけれど、それ以外は納得がいった。


(独り言をつぶやいているとか、長時間居座っていることを知られていたなんて)


 穴があったら入りたいほど恥ずかしい。


「……が好き?」

「はい?」


 恥ずかしがっている間に、彼がなにか言っていたらしい。


「きみは、なにが好き? 好きなジャンルや作家はいるかい?」

「あっ……。書物のことですね。そうですね。ジャンルでしたら、恋愛物や『ざまぁみろ』というようなジャンルが好きです。どちらも自分には無縁のものですから、感動したりハラハラどきどきしたりサッパリしたりしますので。ですが、どんなジャンルのどんな作家でも読みます」


 婚約者がいるのに、恋愛が無縁というのも皮肉すぎる。だけど、それは事実のことである。


「恋愛物と『ざまぁみろ』、かい?」


 彼は、苦笑した。


 バカなレディだと思われたに違いない。


「それでは、王子殿下は?」

「経済や政治や軍事に関すること、かな? 小説だったら、冒険物や戦記がいいね」


 驚いた。経済や政治や軍事って、学んでいるということ?


 わたしの婚約者であるスライは、子ども向けのお話の本でさえ読まない。スライだけではない。他の王子たちだって同様である。


 その日、図書室でクレイグと会ったのがきっかけだった。


 何度か図書室で書物について談義した。


 これだけだれかと会話をしたのは初めてである。


 これだけだれかに話しかけたのは初めてである。


 これだけだれかの話をきいたのは初めてである。


 彼は、わたしのつまらない話をよくきいてくれた。それだけではない。彼は、そこから会話につなげてくれる。


 わずかな時間だけれど、充実した時間がすごせた。


 あっという間に月日が流れていった。


 王宮の図書室に通うことが、わたしのすべてになったといっても過言ではない。


 そして、いよいよ決意した。


 クレイグに話そうと。


 わたしの身に起こったことを、包み隠さず話そうと。


 その日、いつものように王宮の図書室で彼に会った。


「王子殿下、今日はきいていただきたい話しがあるのです。ふつうの話ではありません。わたしはそれでなくてもかわっていますが、もっとおかしいと思われるかもしれません。ですが、是非きいていただきたいのです。まるで小説の筋書きのようですが、そうではありません」


 そう切り出した。


 彼が頷くのを確認し、すべてを話した。


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