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唯一の居場所

 わたしの婚約者のスライが義姉と仲がいいことは知っていた。


 訂正。義姉がスライを狙っていることは、わたしだけでなくだれもが知っていた。


 義姉にはちゃんと婚約者がいる。それなのに、である。


 それは、第七王子クレイグ・コパーフィールド。第七王子のお母様は、大商人の娘で大金持ちである。が、彼自身はレディ嫌いで、というよりか人間嫌いで性格もめちゃくちゃ悪いという悪評高い王子である。


 とはいえ、スライも評判は悪い。レディに見境がなく、公務を蔑ろにし、偏見の塊。つまり、最悪な男。しかし、外見だけはいいし、第一王子だから王太子第一候補。そして、クレイグは同じように最悪な男だけれど、でっぷり太っていて顔には痣があるらしく、銀仮面を着用している。つまり、外見もよくない。くわえて、彼のお母様は貴族ではなく大商人の娘。というわけで、クレイグは第七王子だし王太子の地位にはほど遠い存在。


 あらゆる欲の塊である義姉が自分の婚約者ではなく、スライを狙うのは当然といえば当然のこと。


 そのことは、だれもが知っている事実。


 だけど、わたしはなにも出来ない。


 義姉に抗議をすることもお父様に訴えることも。それから、スライに振り向いてもらうことも。


 スライは、子どもの頃からわたしに関心がない。それどころか、名前さえ覚えていないかもしれない。


 初対面はこどものときだった。その初対面の瞬間から、彼はわたしを嫌った。


 残念ながら理由は分からない。


 おそらく、暗くてなにを考えているかわからない雰囲気を醸し出しているからだろう。


 わたし自身、それがわかっていた。だから、出来るだけ明るく振る舞おうとがんばった。それから、ただひたすら王宮で勉強をし続けた。マナーや王族に関しての知識を身につけ続けた。


 そうして、スライがわたしを見てくれることを待った。彼がわたしに気づいてくれることを待ち続けた。


 が、いつまで経っても、彼はわたしを見ることはなかった。


 結局、わたしは自分の境遇に自分で悲嘆し、絶望し、受け身になっていただけだった。


 明るく振る舞うとか勉強するだけでは足りなかったのだ。もっと積極的になにかをしなければならなかったのだ。


 飢えと寒さで死んだのは、わたし自身のせい。


 スライや義姉のせいだけではない。



 神の思し召しか、あるいは運命のイタズラか。とにかく、わたしは死に戻った。違う選択肢をすることが出来るかもしれない。


 ということは、つぎこそは受け身になってばかりではいけない。全力でなにかをする。


 思い立ったらすぐに行動。


 これまでのわたしとは違うのだから。


 朝のルーティーンである家事をひととおりすませ、そそくさと屋敷を出た。そして、あるいて王宮へ向かった。


 日中は、王宮の図書室か王立図書館ですごすことにしている。マナーの勉強と称して。


 たくさんの本に囲まれることが、わたしのただひとつの楽しみであり癒しである。


 そこにいれば、お父様や義母や義姉の肉体的精神的な暴力にさらされることはない。そして、スライのことで悲しんだり情けなくなったりする必要はない。


 本のある場所だけが、わたしの居場所である。そこだけが、生きていられる場所である。


 歩いて王宮に行くなどと、当然ふつうではない。


 一部の王宮の門番たちは、わたしが健康の為に歩いていると思っているかもしれないが、大方は事情を知っていたり、気がついているはずである。



 なにせ義姉は、いつもクローク公爵家の馬車で王宮にやって来るのだから。


 それでも、門番たちは口に出してはなにも言わない。そのかわり、蔑みや憐れみといった視線を投げつけてくる。


 いつもいたたまれない気持ちで王宮の門をくぐる。


 そういう視線に耐えきれないときは、王立公園内にある王立図書館に向かう。前回の人生で追放される前は、王立図書館に通う頻度の方が多くなっていた。


 今回の人生では、王宮の図書室に堂々と通うことにした。図書室にさえ入室すれば、そこにはだれもいない。


 図書室内では、だれの目も気にする必要はない。


 図書室は、この日もだれもいない。


 夕方まで時間をつぶそう。


 お腹がすいているけれど、書物を読み始めたら空腹もまぎれるはず。


 まずは二、三冊読もう。王宮の図書室には、司書が解雇されただけでなくあたらしい本の入荷もストップしている。だから、王立図書館のようにあたらしい書物や資料は置かれていない。それでも、小説というジャンルの本は置いてある。祖父母の時代、小説家の存在が一般的に知られるようになった。多くの国で多くの小説家がさまざまなジャンルの小説を書き、読者たちはワクワクどきどきしながら読んだらしい。とはいえ、当時の国の多くが識字率は低く、小説を手に取り読んだ人はすくなかった。が、その小説のストーリーを絵にする画家が現れ、ほとんどの人たちがその絵で小説を見るようになったとか。


 いまは識字率も上がり、字を読む人や絵を見る人は増えている。


 とにかく、王宮の図書室には昔のだけれど、恋愛物や冒険物といった小説のシリーズ物が置いてある。


 続きが気になっているので、ある恋愛物の三巻と四巻を手に取り、図書室の奥にある椅子に腰かけ読み始めた。


「まったくもうっ! じれったいわね」


 三巻を読み終え、本をパタンと閉じつつ呟いた。


 ヒロインとヒーローがすれ違いすぎてイライラしてしまう。


 まあ、それが作者の狙いなんだろうけれど。


 そのとき、感じた。本に夢中になっていて、まったく気がつかなかった。


(だれかいるわ)


 そう。人の気配を感じたのである。


 途端にドキドキし始めた。


(確認しなきゃ。というか、はやくここから出なくては)


 焦燥のあまり、手から三巻が滑り落ちてしまった。


「バサッ」


 大理石の床に本が落下した音は、静寂満ちる図書室の中でやけに大きく響いたように思えた。


「だれかいるのか?」


 男性の声がきこえてきた。


 そうと認識したときには、黒い影に覆われた。


 すぐ前にだれかが立っている。



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