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「愛」を選択して死んだ

「おまえは、ほんとうに『愛』を選択するんだな?」


 スライは、これでもう四度目の質問を投げつけてきた。


「ええ、そうです。『愛』こそすべて。違いますか?」


 わたしは、これでもう四度目の回答を投げ返した。


 ほんとうは違う。「愛」では生活が出来ない。だけど、「金貨」だとそれが出来る。婚約者や家族から逃れ、ひとりで生きていける。


 しかし、このときは「愛」こそが正解だと思った。


 すくなくとも、書物の中ではたいていそうなっている。


 ヒロインもヒーローも「愛」を選択する。


 そして、ハッピーエンドを迎えるのだ。


 だから、わたしもそうした。


 ほんとうは、「愛」などどうでもいい。言葉は悪すぎるけれど、「クソくらえ」とさえ思っているけれど。


「愛」は、いまのわたしに無縁のもの。婚約者だけではない。家族さえ「愛」とは関係ない。


 だけど、たとえ婚約者や家族に「愛」を与えてもらえなくても、わたしが「愛」を信じ続ければどうにかなる。


 婚約者のわたしより義姉を愛しているスライの心も、この婚約が破棄になればわたしを売り飛ばしてしまうであろうお父様の心も、どうにかなるかもしれない。


 そう。「愛」さえあれば、神様だってわたしを見捨てやしない。


「最後にもう一度きく。おまえは、ほんとうに『愛』を選択するんだな?」

「ええ、スライ。何度も言わせないでください。わたしは、『愛』を選択します」


 スライは、美貌に険しい表情を浮かべた。


 そのとき、ノックもなしに扉が開き、だれかが入ってきた。


 そう認識したときには、両肩をがっしりつかまれ大理石の床に跪かされていた。


「残念だ。『金貨』さえ選んでいれば、それで解決出来たものを。重すぎるんだよ。きみの『愛』がな」


 かろうじて顔を上げると、スライの苛立ちの表情が目に入った。それから、その隣に立つ義姉のニヤニヤ笑いも。


 この眼前にある光景ですべてを悟った。


「スミ・クローク。婚約者としての務めを果たさないばかりか、他の男と不義を重ね、義姉であるバーバラ・クロークを虐げ続けた罪は重い。よって、婚約は破棄。北の凍土に追放とする」


 婚約者のスライ。いいえ、王太子候補のスライの宣言は、わたしの耳にも心にも響かなかった。


 それよりも、選択を誤ったことにショックを受けていた。


「愛」か「金貨」か、のふたつの選択肢。


「金貨」が正解だったのだ。


 わたしは、選択を誤ったのだ。


「愛」の選択は、違っていた。


 本心ではなかった。ほんとうは、「金貨」がよかった。


「金貨」を選べばよかった。


「愛」を信じたばかりに、「愛」を期待した為に、わたしは、わたしは……。


 愚かな選択をしたわたしは、遠く北の凍土に追放された。


 そして、わたしは飢えと寒さで死んだ……。


 そのはずだった。


 たしかに、死んだはずだった。


 が、わたしは生きている。しかも、自分の屋敷の地下室に閉じこもっている。というか、閉じこめられている。


(もしかして、書物の筋書きのように過去に戻ったの? 死に戻りということ?)


 軽くパニックになったけれど、薄暗い地下室内を見まわしているうちに落ち着いてきた。


「わたしは、スミ・クローク。一応、公爵令嬢。それから、王太子候補の王子スライ・コパーフィールドの婚約者」


 薄暗い中、自分で自分自身が大丈夫か確認してみる。


「ええ、大丈夫。ちゃんとわかっている」


 大丈夫。自分自身、おかしくなっていない。


「お父様が愛人とその娘を屋敷に入れてから、お母様は不慮の事故で死んでしまった。すぐに愛人が義母に、その娘が義姉になった。それ以降、わたしはこの屋敷でいらない者として扱われるようになった。お父様たちや使用人たちにまでひどく扱われている。王族との取り決めで、王子スライとの婚約は取り消されることはなかった。一応、わたしは彼の婚約者だった。だけど、スライはわたしを顧みることはいっさいなかった。それでもわたしは、彼の婚約者として恥ずかしくないよう自分なりにがんばった。いいえ。自分の能力以上、それこそ限界を超えて頑張り続けた」


 ええ、大丈夫。


 自分の置かれている状況もわかっている。


「やはり、死んで過去に戻ったのね」


 そう結論付けると、途端に怒りがこみ上げてきた。


 自分自身にたいして、それからスライや義姉やお父様や義母にたいして。


「愛」か「金貨」かの二択を迫られたとき、本心ではない「愛」を選択したばかりに、飢えや寒さで死ぬことになった。


「待って。過去に戻ったということは、もしかするとやり直せるということ? もう一度人生を歩めるの? 違う道を進めるの?」


 すくなくとも、書物の中のヒロインはそうしている。たいていは死を回避し、ハッピーエンドにつながるよう奮闘している。


「だけど、この前も書物のヒロイン同様『愛』を選んで死んだから、書物の筋書きを鵜呑みにすることは避けた方がいいかも」


 同じ過ちは繰り返すつもりはない。


 学習したことをいかすのよ。


 とはいえ、いま置かれている状況はそうそう覆せるものではない。だけど、前回で得た情報はいかせるはず。


「そうよ。神様かだれかが与えてくれたチャンスですもの。これを逃す手はないわ。とにかく、死ぬことを回避。これは、最重要課題。それを目標にし、かえていくのよ。そして、最後の究極の選択のときに選択してやるの。『金貨』をね」


 薄暗い中で決意する。


「まずは、わたし自身かわらなくては」


 固い決意とともに、とりあえず眠ることにした。


 飢えはあいかわらずだけれど、すくなくともいまこの地下室は寒くはない。


 ゆっくり睡眠がとれると思うと、途端に眠くなってきた。


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