第五話 異世界で生きるということ
「魔族風情が、調子に乗りやがって……!」
剣を抜いた騎士たちは、憎悪のこもった視線で俺を睨む。
……っていうか、騎士たちの魔族に対する当たりの強さはなんなの?
そう言えばさっきも、セレーズが魔族は魔術が取り柄なだけの種族とか言ってたな。
「ふん。とはいえ、我らは騎士道を重んじる騎士だ。一対三の戦いは本意ではない」
「……なにが騎士道よ。さっきは私を見るなり襲い掛かって来たくせに」
セレーズの恨みがこもったぼやきは、どうやら騎士たちの耳に入らなかったらしい。
「そこでだ、魔族よ。貴様に先手を譲ってやろう」
「……なに?」
「どうせ貴様も、魔術を使うのだろう? はっ、安全圏からひたすら魔術を放つ、卑怯な魔族の一人なんだからな」
(どんだけ魔族嫌いなんだよ……)
騎士たちの魔族に対する嫌悪感も気になるが、今はとにかく、どうやってこの状況から抜け出すかだ。
俺、ヴァルター・クルズ・オイゲンの戦闘力は「60」。それに対して、「騎士」の戦闘力は「20」。
少しダメージは受けるが、余裕で俺が勝てる差はある。
……あくまでこれはミレナリズムにおける話だが、俺がミレナリズムの魔術を使えたことや、ミレナリズムの小鬼がいるため、ここがミレナリズムの世界である可能性はある。少なくとも、ミレナリズムと共通している事象が多い世界ではあるだろう。
そう考えれば、俺が勝てる可能性は高い。
(いや、そう言えば相手は三人だったな……)
俺は騎士たちを見渡す。
流石に三人いるからと言って戦闘力が三倍されて「60」になるわけではないが、一人を相手するよりは少し手ごわいのは事実。
(一人に地獄の炎を放ち、ビビらせて逃げてもらう。これが得策か)
俺は快楽殺人鬼ではない。魔物ならまだしも、人を殺す事には普通に抵抗がある。
戦闘力が40の差であれば、大ダメージを負わせることはできても、一撃で殺しきることは出来ない。
なので、魔術を一つ発動させ俺の強さを見せつけ、俺の魔術にビビった彼らは逃げ出す。
うんうん。これでいいじゃないか。
ありがたいことに、騎士たちは俺に先手を譲ってくれたことだしな。
「それならば、遠慮なく。見るがいい、我が魔術! 地獄の炎!」
「な、闇魔術だと!?」
俺の右手に浮かんだ闇の炎を見て、騎士たちは驚いた表情を見せる。
「ハハハ! 今更怖気ついても遅いぞ! 喰らうがいい!」
高笑いをしながら、俺は一番後ろの騎士目掛けて炎の球を放った。
それは銃弾のような速さで騎士へと向かい、やがて直撃する。
「ぐわっ!」
騎士は呻き声を上げ、一歩後ろへと下がる。
どうやら、思った通りダメージを与えられたらしい。
よしよし、これなら……。
「……ん?」
おかしい。
騎士を覆う黒い炎が消えない。それどころか、みるみるうちに大きくなっている気が……。
「お、おい……」
俺の口から情けない喘ぎ声が漏れる。
「あ、あぁ…………」
やがて、騎士はその場で倒れ込み、ぴくりとも動かなくなった。
(は、え、し、死んだ、のか……?)
騎士が倒れても、炎は消えない。
鼻をつんざく嫌な臭いとともに、彼の肉を焼き続けている。
しかし、俺の視界は真っ暗だった。
(殺したのか? 俺が? 人を?)
俺は自分の両手を見つめる。
手は小刻みに震え、俺の心情を雄弁に物語っていた。
俺は、人を、殺したのだ。この手で。
(そ、そんな……)
殺すつもりはなかった。
朝のニュースで何度も聞いたそんなセリフが、大真面目に俺の頭を駆け回る。
(だって、戦闘力60が放つ最初期魔術で戦闘力20のユニットが倒されるはずが、そんな訳ない……)
人を殺す。
そんなことに抵抗のない人間はいないだろう。
人間として最大の禁忌。やってはいけないこと。重罪。裁かれるべき行動。
「ちょ、ど、どうしたの!? 危ないわよ!」
いつの間にか、俺は地に膝を付けていた。
セレーズの声もどこか遠く、何を言っているかよくわからない。
「貴様! よくも俺の部下を!」
「――!」
いつの間にか、憎悪に表情を染めた騎士が俺の目の前に立っていた。
腰程まである両手剣をふりかざし、いつでも俺を殺す準備が出来ている。
あまりの事態に、騎士がそこにいることに今の今まで気づかなかった。
「死ね! 魔族が!」
騎士は、怒りのままにその剣を振り下ろす。
間違いなく死ぬだろう。
流石に、頭を剣でかち割られれば、ヴァルターと言えど死ぬ。
しかし、俺はそれを避けることはしなかった。
人を一人殺したのだ。殺されたって文句は言えないだろう。
それが人間としての道理ってもんだ。
(だけど……)
短い二回目の人生だったが、それでも前世よりは楽しかったと思えた。
憧れの魔帝に転生した。
夢見た魔術を使った。
可愛らしい少女に褒められた。
物語の主人公のように、他人を庇った。
箇条書きするとこんなにも短い二度目の人生だったが、それでも濃度は前世よりも濃かっただろう。
最後に人を殺すという大ヘマをかましたものの、俺は満足していた。
剣が目の前までやってくる。やけに時間の流れが遅い。
背の高い木々の葉から漏れ出た日光が、剣と反射し鈍い光を放っていた。
(たのし、かった……)
「ダメぇー!」
「がぁっ!?」
俺が死を覚悟し目を瞑った瞬間、何かが投げられる音、そして俺に剣を振り下ろしていた騎士の呻き声が聞こえた。
ゆっくりと目を開けると、そこにいたのはうずくまる騎士。彼は左手を庇うように手を握っている。
よく見ると、左手には痣が、そして地面にはこぶし大の石が落ちていた。
「あんた! なに諦めてるのよ!」
「……?」
後ろを振り返る。
どうやら、セレーズが石を騎士に投げつけ、剣の軌道を逸らしたらしい。
「……すまないな。お前は逃げろ。この騎士たちは……俺がどうにかする」
「は、はぁ!? あんたの魔術でこいつら殺せるんでしょ!? 何言ってんのよ!」
セレーズは少し怒りの混じった声でそう叫ぶ。
「俺は……人を殺してしまった。だから、こうして殺されるのは……当然のことだ」
因果応報。
自分がやったことは、いつか自分に返ってくる。
人を殺すなんて重罪を償うためには、死をもってそれを為すしかない。
「ふざけないで!」
「っ!?」
再び目を閉じた俺に、セレーズの怒声が届く。
目を開けて彼女を見ると、怒っているようにも泣いているようにも見える表情をしていた。
「人を殺したから死なないといけないとか……意味分かんないわよ!」
セレーズは怒りのままに、ビシッと騎士を指さした。
「こいつらは私たちの同族を何人も殺してるわ! それでもこうしてのうのうと生きているし、これから先もきっと私たちを殺し続ける! あんたが死んだら、私も殺されるわ! それで良いって言いたい訳!?」
「――――!」
「この世界は、弱い人間は殺される、そんな世界よ。なのに、人ひとり殺す度にそんなになっちゃ、まともに生きていけないわ……!」
……そうだ。
俺がここで殺されたらセレーズはどうなる。
さっきの騎士たちの口ぶり通りなら、彼らの慰み者になったあと殺されるだろう。
そんなこと、許されるのか?
それに、先に手を出したのは騎士だ。
言うなれば、俺は殺されそうになったから戦いを選んだ。
(それなのに、俺が大人しく殺されるとか、あり得ないだろ……!)
「さっきから黙って聞いてりゃ……犬畜生のクソガキは大人しく殺されればいいんだよ!」
セレーズに石を投げつけられた騎士は、目標をセレーズに変え、突如として彼女に襲い掛かった。
「危ない!」
気付けば、体が勝手に動いていた。
セレーズは俺の命の恩人だ。
それも、二重の。
一つは、物理的に命を救ってくれた。
石を投げて剣の軌道を逸らすとか、とんでもないコントロールだ。
二つ目は、俺のくだらない死生観を変えてくれたこと。
そうだ。俺はセレーズを、そして自分を助けるために戦い、結果として人が死んだ。それだけだ。
俺は誓ったはずだ。
二度目の人生は、一度目のそれとは比べ程にならない程楽しんでみせるんだと。
それを、こんなつまらない所で終わらせてたまるかよ……!
「ぐぅっ!?」
「きゃぁ!?」
俺はさっき小鬼からセレーズを救ったように、彼女を胸に抱き、背中で騎士の攻撃を受けた。
しかし、流石に剣をもろにくらえば無傷で済むわけもなく、猛烈な痛みが俺を襲う。
ちょっと前に強盗に刺された時と似ている痛みだ。
(だけど、ここで大人しく殺されるわけにいくか!)
「闇の爪牙!」
俺は背中からの痛みを無視して、闇の爪牙を唱える。
その瞬間、俺の右手に暗闇の爪が生える。
「あああ! 魔族が、俺の邪魔をしやがってぇええええ!」
完全に我を忘れた騎士が、再度俺に斬りかかってきた。
「ふっ!」
「なにっ!?」
その剣を、右手に生えた巨大な爪で弾く。
すると、騎士の手から剣が簡単に抜け、遥か遠くへと飛んでいった。
「……さらばだ」
「な、な、な……魔族風情に、俺が――」
瞠目する騎士に、爪を振り下ろす。
騎士の体は呆気なく四つに分かれ、鮮血を噴き出しながら地に伏せた。
「う、うわああああああああ!?」
一人残された騎士は、顔を真っ青にして剣をその場に落とし勢いよく逃げて行った。
流石に、彼を追いかける気力は残っていなかった。
「つか、れた……」
俺は思わず、その場に膝をついてしまう。
どっと疲労感が体を襲ったのだ。
(俺、人を殺したんだよな……)
罪の意識が完全になくなったわけではない。
しかし、さっきよりは心がすっきりしている。
彼らを殺さなければ、俺は殺されていたし、セレーズだって死んでいた。
なら、それでいい。
二度目の人生で授かったこの力は、こんどこそ俺のために使おう。
二度目の人生を、この世界を心から楽しめるように。