第5羽 生活の疑問とこれから
その日の夜、夢を見た。
後光が差し込む、あの人の夢だ。
「どうだ守、鳥になった気分は?」
「案外悪くないです。」
「私が誰かもう分かっているな?」
「神様、ですよね?」
「如何にも。」
「人間はどうですか?」
「……下らないものを創造したと後悔している。」
「……では。」
「だが、今は絶滅に関しては静観しようと思う。
人間の存在を否定してしまえば、お前は陽菜を守れなくなる。
まぁ、そうであってもお前は何かしらの方法で陽菜を守るだろうがな。
ただ、罰は落とす。
何とは言わんがな。
人間とは愚かしいものよ……。」
「そうですか。」
「安心せい、お前たちに影響が出る範囲ではない。」
「元人間としてはちょっと複雑です。」
「お前を人間から鳥畜生へと貶めた人間になお慈悲を向けるというのか?」
「僕は、人間でもありますから。」
「……ふっ、そうか。」
「……ん、……るさん!」
「……ん?」
「守さん!」
「ん? あれ? 陽菜ちゃん?」
「あぁよかった、目を覚ましてくれて。
何度突っついても起きないんだもの。
死んじゃったかと思ったじゃない!」
「そんなに寝てた?」
「もうお昼回ってるよぅ!」
「うげっ。」
「ほんっとうにっ、心配したんだからぁ……!」
あぁ、陽菜ちゃんを泣かせてしまった。
「ごめん、言い訳するつもりは無いんだけど夢に神様がいらしてた。」
「え? 神様が?」
「人間に罰を下すってさ。
ただ僕たちには影響がない範囲らしいよ。」
「そうなんだ。」
「お腹空いたでしょ、ご飯取ってこようか?」
「一緒に行く。」
「そう?」
「心配だもん!」
「ごめん。」
「行こうっか?」
「うん。」
巣箱から顔を出して周囲を確認するが、外敵はいなさそうだ。
「陽菜ちゃん、大丈夫そう。」
「うん。」
羽ばたいていくと、付いてくる陽菜ちゃん。
いつもの餌場で小虫や羽虫を食べて、水を飲んで帰路につく。
帰るころには夕方だ。
そんな日の繰り返し。
あんなに苦手だったバッタも数か月経った今では平気になった。
人間、何でもやれば出来るもんだな。
今は鳥だけど。
「そういえば、スズメって街中で結構見かけるよね?
どうして陽菜ちゃんに陽子さんは森を住処に選んだんだろう?」
「あ、それもそうだね。
お母さんに聞いてみる?」
ある日、陽子さんを交えて餌場でそんな話を投げかけてみた。
「あぁ。私、はぐれスズメなのよ。」
「あぁー……。」
「はぐれスズメ?」
「群れからはぐれちゃったってことでしょう。
だから一羽で生活するしかなくなった、そういう事ですよね?」
「そうそう。
で、その頃に陽菜を身ごもっていたからあの公園で営巣したってわけ。」
「そうだったんだ……。」
「守さん……。」
「改まってお礼なんていいからね?
一応……、ふ、夫婦なんだし。」
「ふぇ……。」
「あらあら、若いっていいわねぇ。」
「陽子さんだってまだまだお若いじゃないですか!」
「あら、お上手ね。」
「事実を言ったまでですが。」
「あらぁ、どうしましょう。
私、口説かれちゃってるのかしらー。」
「守さん!?」
「ちっがーう!
そ、それよりも! 何でお二人は神様の使いに選ばれたんですか?」
「それは、守さんが神様から選ばれたからよ。
私たちはその見守り役を頂戴したに過ぎないわ。
ほら、私たちは神様の使いでしょう?
神様は守さんという人間が陽菜を見てどういう行動に出るかを見極めたかったのよ。
結果、守さんは陽菜を守ってくれた。
陽菜には危ない目に合わせちゃったけど、これも神託だからね。
今だから言うけど、わざとあんな目立つところに営巣したのよ。
詰まるところ、最終的には、私は陽菜の元を離れざるを得なかったのよ。」
「あぁ、だから。
でも、陽菜ちゃんを守れてよかったです。」
僕の存在が森に知れ渡るのはそんなに遅くなかったようだ。
人間になる鳥―。
文字通り弱肉強食のこの世界では有利だろう。
チンピラみたいなカラスを追い払ったから更に上が出てくるかと思ったが予想通り上を出してきた。
しかし、人間の力に鳥の力が融合した自分に敵はいない。
そいつを更に追い返したことで、むしろ恐れられる存在になってしまったようだ。
多分、もう外敵を気にする心配は無いだろう。
そして季節は移り変わり、越冬の季節がやって来た。
小動物にとっては一番辛い季節だ。
少し陽菜ちゃんが寒そうにしていたので率先して巣材を運び、温かくした。
こういう時のために綿とかいうチートアイテムをポップアップテントに用意してたんだよね。
お隣さんであり、お義母さんでもある陽子さんにも勿論綿をおすそ分け。
「ありがとうねぇ、助かるわぁ。」
って言ってたっけ。
流石に森だから電気は使えないけど。
綿は夏に暑かったらどこかに押し込んでおけばいいんだ。
まずはこの寒さを乗り越えねば。
ご飯も溜め込んだ。
後は巣箱の蓋を閉めておけば大丈夫。
これで雪や風があっても当面困らないはず。
足りなくなったら取りにに行けばいいんだ。
現に冬でもスズメはその辺ちょこちょこ飛んでるし。
消費エネルギーも寒さで下がるだろう。
そうしているうちに冬何てすぐに過ぎ去るさ。
あれから神様が人間に何の罰を下されたかは街に行っていないから分からない。
でも、森にいる以上陽菜ちゃんは僕が守る。
自分の名前にかけて。
例え人間をやめようとしても、僕は人間をやめきれないだろう。
でも街中にいる人間まで守る気は無い。
手が届かないし、こういう類の妖的な人間は 受け入れられないだろうし。
第一、そこまでして僕が身も心も砕く必要はないと思ったからだ。
あれから陽子さんも森に居てくれるいい方を見つけたみたいだ。
血の繋がりは無いけど大切な家族。
これが群れなんだろう。
規模はかなり小さいけれどね。
しかし、この森は鳥が多いのか言葉が聞こえて仕方がない。
そんな僕と陽菜ちゃんの間に子供を授かるのはもうちょっと先の話。
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