第2羽 森へ、そして待ち受ける試練
自分でも何をやっているのかさっぱりわからなかった。
まぁ、ひとり暮らしだったし荷物らしい荷物は多くは無かった。
三人で部屋の掃除をして、荷物をまとめる。
一ヶ月くらいなら二人を養える。
何とかバレないようにし、家財道具も処分した。
代わりに鳥になった時に必要そうなものを買い込んだ。
不動産屋に行って解約手続きを済ませ、ついに森に行く時がやって来た。
どうやって鳥になるんだろうね……?
問題はそこじゃない気もするけど。
森は意外にもそれほど遠くない場所にあった。
とある場所まで行くと2人が荷物を降ろす。
すると陽子さんが僕に向き合う。
「じゃ、始めるわね。」
「始めるって何を」
ポンッ、とポップコーンでも弾けるような音がしたかと思ったら……。
ありとあらゆるものが大きくなっていた。
「え? え?」
「あははっ、守さんちいさーい。」
どうやら鳥になったらしい。
どうやって戻るのよ、悲しい。
と思った瞬間、またポンッと音がして人間に戻った。
「あら? 貴方……。」
「嘘……。」
「あれ? 戻った。」
「自分で元に戻れるなんて……、どういう事?」
「いや、僕にも皆目見当がつきませんが。」
「不思議な人。」
「はぁ。」
「まぁ、いっか。
男手が増えたことですし、上の方に巣箱が見えるの分かる?」
「あ、ありますね。」
「あそこが私達の別荘、兼ご飯置き場。
越冬場とも言うけど。」
「こんなにたくさんの荷物どうするんですか。」
「ご飯は埋めておいて必要に応じて取り出しましょう。
他の動物に取られちゃうからね。
その他の荷物管理は人間である貴方の方が上手だと思うの。」
「そうですね。」
「でも、森の生活では私たちの方が詳しいわ。
そこは従ってもらうわよ?」
「分かりました。」
「……。」
「どうかしましたか?」
「いえ、人間だったら鳥の生活なんて嫌がるかと思ったんだけど。
変わった人だなぁって。」
「自分でもそう思います。
でも、人間社会で捨てられた自分は生きる場所があるならそこで生きていくしかないんですよ。
なら、先導者に従うまでです。
巣箱足りないですよね?
っていうか、普通に男女分けましょう。
今から作りますんで二人は先に鳥になって巣箱に行っててください。」
「そうさせてもらうわね。」
「守さん、大丈夫?」
「何とかなるでしょー。」
買ってきた木材と釘、ハンマーに鋸で器用に巣箱を作り上げると雀部さん親子の隣に巣箱を設置する。
脚立とか持って行く時は恥ずかしかったけど、意外に役に立つな。
業者気分でいればよかったな。
気持ちの問題か。
「日が暮れて始めて来たな、よーし。 今日はここま」
ガフッ…ガフッ…。
「ん?」
振り返ると熊。
「っ!」
こういう時は大きい声を出してはいけない。
確かステーキ肉を買ってきてたな。
人間最後の晩餐にと。
熊にくれてやるのも気が引けるが、命には代えられない。
ステーキ肉をひょいと持ち上げると、熊の視線が肉に移る。
やはり狙いはこれか。
思いきり遠くへ投げると熊は肉を追いかけていった。
今のうちに鳥になって……!
ポンッと鳥に変わると大慌てで設置した巣箱に入っていったのであった。
しまった。
巣箱を作ったのはいいけど中身は空っぽだから死ぬほど寒い。
巣箱から顔を出すと、ちょうど隣の巣箱からもスズメが顔を覗かせていた。
「よく無事でいられたわね……。」
「あはは、人間間では熊に遭遇する確率って結構低いはずなんですけどね。
ステーキ肉がまずかったかな。」
「で? そっちの住み心地はどう?」
「死ぬほど寒いです。」
「あ、巣材が無いのね?
いい場所を知ってるから付いてきなさい。」
「はい。」
枯れかけた樹を見つけると枯葉を嘴でついばむ陽子さん。
真似するように同じく枯葉をついばむ。
今思ったんだけど飛ぶのって意外に難しくないんだな……。
人間の身体がそれだけ飛ぶのには重いってことか……。
どれだけ往復したかは分からないが何とか底から数センチは埋まる程度に枯葉が集まった。
「陽子さん、手伝って下さってありがとうございました。」
「貴方、根気強いのね。」
「え?」
「人間ならあんなに往復したら飽きるでしょう?」
「生きるためですから。」
「よく出来たこと……、陽菜をお嫁さんに貰ってくれないかしら……。」
「はい?」
「あぁ、こっちの話!
じゃあ、日も暮れたことだしお休みなさい!」
「お休みなさい、ありがとうございました!」
あー、だりぃ。
流石に生きるためとはいえ鳥って体力使うなぁ。
次の日。
朝は早い。
コンコンコンコン!
「ふぁ?」
キツツキのように巣箱を叩かれる音に目を覚ます。
「いつまで寝てるの?
鳥の朝は早いのよ?」
「そうだった、まだ人間気分でいた。」
顔を覗かせると、入り口には陽子さんが。
ちょっと離れたところに陽菜ちゃんがいた。
「守さん、疲れてるんじゃない?
お母さん、もうちょっと寝かせてあげたら?」
「駄目よ陽菜、自然は甘くないの。
……今日は貴方にとっては一番過酷な日になるかもしれないわね。」
「え?」
飛行して行った先に、虫の大群。
あぁ、そうだ。
今まで何も思っていなかったけど人間をやめるんだ。
ってことはこうなるよな。
昨日は疲れて食欲もなかったけど、今はある。
でも思考は人間だから昆虫はキツイ。
でも食べなければ死ぬ。
その甘えを捨てるために人間食は持ってこなかったんだった。
最後の晩餐のステーキは熊に食べられちゃったし。
せめてもの危険回避のためにバードフードだけ持ってきてるけど。
「どう? 貴方的には厳しいでしょ。」
「きついッスね、確かに。」
言ってる傍から陽菜ちゃんは虫をついばんでいる。
「じゃ、私も食べるわね。
鳥はエネルギー消費が激しいから。
お先ー。
覚悟が出来たらいらっしゃい。」
バサバサと翼を羽ばたかせて虫の大群の方へ向かっていく陽子さん。
いずれはくるんじゃ、やってやるわい!
突撃。
初手、バッタ。
エグい。
小さくても幼少時、虫網でよく取ってたなぁ。
今や餌だぞ。
ひょっとしたらスズメになったことで味覚が変わってるかもしれない。
異世界に転生したわけじゃないんだ。
がぶっ。
「ぐええええええっ!」
「あははははははっ!」
「うふふふふ。」
味覚変わってねーじゃねーかコノヤロウ!
普通にクソ不味いわ!
質の悪い牡蠣をもっとドロドロにした感じ。
おまけに生臭い。
陽菜ちゃんにも陽子さんにも笑われるし。
もうここまで来たら自棄である。
お腹は空いている。
たまらなく空いている。
食べなきゃ死ぬ。
生きるためだ。
がぶっ。
「うぅぅぅ……っ!」
「守さん、人間なのに強いねー……。」
「えぇ、思った以上にやるわね……。」
こうして僕の生きるための昆虫食デビュー(生)が始まった。
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