「銀行でヒーローにないりたい篇(序章)
俺は銀行にきている。地方銀行だが本店というだけあって、それなりの大きさがある施設規模だ。窓口もほかの支店と比べると多い方なのだが、月曜日の窓口は、週末に銀行に行けなかったであろう人たちで、開店したばかりだというのに朝一番から混みあっている。
俺はというと、中途採用された就職先で給料入金用に必要な、新規口座を開設しにきたわけだ。会社ごとに入金先が異なるから、仕方がないが面倒くさい話だ。
建物の内扉をあけると、自動音声誘導に促されるまま自動受付機に向かう。受付機の前には既に10人ほど並んでいる。受付表が発行されるたび、ひとり、また、ひとりと次々と受付を済ませる人の表情や声に耳を傾ける。どうやら、順番的に相当時間、待たされそうな雰囲気だ。
あと、ひとり。そんな中、よく漫画で読む行列ができる飲食店での残念な光景を思い浮かべた。
「あちぃー! これだけ、待ったんだから限定かき氷は最高に美味いはずだ! 待ってろかき氷」
次は自分の番。いよいよ限定にありつける。
「あの~? 限定かき氷お待ちの、お客様ですか? 申し訳ございません。材料切れで、前のお客様で限定は完売になってしまいました」
そんな、ならび待ち損なオチが用意されている光景。もし、お詫びにきたのが自分好みの看板娘とかだったら、自分だったら許していただろうか?
妄想をしている間に、俺の前に受付機が姿を現した。そう、現しただけ、俺を前にしてウンともスンとも言わない。しばし空白の時間が流れ、思考も停止してしまう。
「えっ?マジで……」
さっきまで、後ろに並んでた人たちも、何かを察したのか関わりたくない様子で、次々と他の受付機へ流れていく。
そんな、機械の前で立ちすくむ俺と、まわりの様子を察したのか案内係の女性の行員が急いで駆け寄ってくる。
「どうしましたか?」
「えっ、えっと、あの、順番待ちで自分の番になったら受付機が動かなくなって……あの、その」
「あの? お客様、こちらの赤いボタンは押しましたか?」
「あっ? いえ、緊急呼び出しボタンかと思って? あの自動で受付表が出てくるんじゃ?」
「ちょっと、ボタン押してみますね?」
そう言って、行員がボタンを押すと何事もなかったように受付表が印刷される。故障ではなかったが自分の無知さに顔から火が出るほど恥ずかしい。
「申し訳ございません。機械の調子が悪かったみたいです。お手数おかけしました。」
無知で恥ずかしい俺の様子を察してくれたのだろう。まわりに聞こえるように、少し大きめな声で謝罪し俺をかばってくれた。マニュアルなのであろうか、本心から助けてくれあのだろうか、恥ずかしいながらも、俺は顔を上げ女性に顔を向ける。
そこに立っていたのは、やはり案内係。容姿が整ったキレイどころだった。そんな、彼女を見て神対応がマニュアルでもなんでも良くなった。これは、なんというか一目惚れだった。心理学なら、なんと言うのだろうか?
「ありがとう……」
ボソッと出た言葉に、彼女はニコッと笑うと軽く会釈をして業務に戻っていった。
何も知らない外野からは、機械の不具合に愚痴を言う声も聞こえてきたが、俺は何も言うことができなかった。本当に気が小さくて最低な性格だなと改めて自覚した。自覚したからこそ、彼女の凛とした態度に余計に惹かれたのだろう。
先ほど発行した受付表を手に、窓口の電子版に目をやる。受付番号からすると、まだまだ先になりそうだ。とりあえず、受付の時間までロビーにあるソファーに腰をおろし呼ばれるのを待つことにする。ありがたいことに、店内にはパンフレット以外にも新聞や雑誌、テレビもあり、セルフで水やコーヒーが飲めたりと時間を潰すには苦にならない設備が整っている。