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08 森のクマさん

「棲み付いてる魔物は、数こそ多いものの強力なヤツはそれほどいない。

 一番強そうなのはアーマード・ビッグ・ベアみたいなんだけど、まあお前達なら余裕だろ。」

 アーマード・ビッグ・ベア。岩のように硬い装甲を身に纏った身の丈10メートル程もある巨大な熊型の魔物である。

 安直な名前と笑うことなかれ。その特徴を明確に表現することこそ大事なのだ。むしろ何だか良く分からん名前を付けられては戦う際の対策に困る。

 で、その大岩熊は本来ならかなり危険な魔物ではある。一体現れても軍隊が出動する程に。

 だが勇者と『魔導王』を前にしては単なるザコでしかない。なのでその点については全く心配していなかった。

 俺が気にしているのは別のことだ。

「ただ、森の奥にはどうやら死霊系の魔物がいるらしいんだよ。」

 死霊系とは言うまでも無くゴースト、ゾンビの類である。

 厳密に言えば”魔大陸”を起源とする”魔物”とは別ものなのだが、一括りにして呼ばれるのが普通だった。

 ヤツ等は少々面倒な相手だ。

 決して強いという訳でもないのだが倒すのに手間がかかる。何しろ既に死んでいるのだから。

 ゴーストには物理攻撃が効かないし、ゾンビは首を刎ねられてもまだ動き続ける。お約束として火属性や聖属性魔法には弱く、それで責めるしかない。

 尤も海斗はどちらの魔法も完璧だし、ソフィアだって聖属性こそ『聖者』ハロルドに及ばないものの魔法については万能である。

 なので問題は無いはずだ。単なる死霊系ならば。

 ただ、死霊系は稀に周囲の魔力を過剰に吸収して暗黒精霊と化す場合がある。そうなると厄介だ。

 精霊とは神の眷属にしてこの世界の自然現象を司る者と言われている。神ほど強いものではないが人々に加護を与えることもある、人知を超えた存在なのだ。

 実のところ暗黒精霊は純粋な精霊とは全く異なる存在ではあるのだが、同等の力を持つものとしてその名で呼ばれていた。

 そんな相手に悪意を持って襲いかかってこられてはたまったものではない。

 余程のことが無い限りそんな風にはならないので大丈夫だとは思うが、用心するに越したことはないだろう。

 そんな俺の気持ちは海斗にも伝わったようだった。

 しかし、コイツはあくまでもマイペースである。

「暗黒精霊については滅多に発生するものではないものの、いちおう警戒はしておいたほうがいいかな。

 まあ、いざとなれば”浄化”すればいいんだけどね。」

 ”浄化”とは聖属性の最高位魔法で、負の影響を全て無効化する効果があった。

 さすがにこればかりはソフィアさえ使えず、勇者である海斗と『聖者』ハロルドのみが行使出来る魔法だ。

「またあっさりと言うよな、お前は。」

 全くもって勇者というのは反則的な存在である。精霊級の相手ですら敵ではないのだ。勇者の辞書にはマジで不可能と言う文字は無いに違いない。

 そんなヤツを敵に回して戦わなければならないのだから、魔物達にはちょとだけ同情する。

 結局、用心こそするが過度に恐れる必要は無いという事で話は終わった。まあ、そういう結論になることは分かっていたが。

 翌朝、俺達は町を出発した。目的地である”勇者の森”までは徒歩で半日ほどの距離だ。

 探索に手間取ると森の近くで野営するはめになる距離ではあるが、その点は心配ない。帰りは”転移”の魔法で戻ってくればいい。

 なので俺達はのんびりと歩を進めた。道中でヘタな体力を使わないようにするのも大切だ。

 途中で休憩しながら昼食を取り、その後少し歩いて目的の森へと辿り着く。

 話に聞いた通りかなり大きな森ではあったが、それほどヤバイ空気は感じさせない。

 がしかし、それはあくまでも周辺部だけで奥の方は違うらしい。

「一見普通の森のように見えますが、奥の方にはかなり濃い魔力が漂ってますね。」

 ”探知”の魔法で森を調べたソフィアが少し眉をひそめながらそう口にする。

「最深部の辺りは魔力の干渉が強すぎて私ではハッキリ見通せません。カイトさんはどうですか?」

「うん、僕も同じだよ。こんなのは初めてだ。」

 遥か遠くの魔物であってもその数や強さを正確に把握することの出来るこの2人が状況すら掴めないなんて、これはかなり異常な事態である。

「魔物はどうなんだ?」

「最深部から少し離れたところに大きな魔力を持った魔物が何体かいるわね。多分、これがアーマード・ビッグ・ベアだと思うわ。」

 それ以外にもそこそこの強さを持った魔物が何種類かいるようだが、どうってこないとソフィアは笑う。

 まあ、お前達にはそうなんだろうな。けど、俺にとっては笑い事ではないのだ。

「大丈夫、ほとんどは空也でも対処出来る程度の相手だよ。」

 相変わらず海斗は気楽に言ってくれる。

 俺もこの世界に来てからそれなりに剣の稽古は続けている。

 以前の生活は、少なくとも日常命の心配をする必要が無い程度には安全だった。社会の仕組みが身を護ってくれていたからだ。

 だが、ここでは違う。自分の身は自分で護る必要があるのだ。元々この世界に住む人間ですらそうなのだから、異邦人である俺の場合は尚更だった。

 で、その結果は訓練期間こそ短いがその割にそこそこ腕は上がったと自分では思っている。

 何せ最初は皇国騎士、次いで勇者に『剣聖』と教える側の顔ぶれが凄いのだから、どんなヤツでも上達するだろうさ。

 但し”ある程度”ならば。

 所詮は加護も持たない一般人でしかなく、しかも本職に比べれば付け焼刃程度の稽古しか積んでいないのだ。戦士としてはまだまだ見習いレベルでしかない。

 ザコ程度の魔物ならなんとかなるが、それ以上の相手は2人にお任せするしかないのが現状だった。

 なので……

「よく見ると中々愛嬌のある魔物だね。」

「そうですね。鎧を着込んだ熊みたいで、ちょっと可愛いです。」

 コイツ等の感覚には全くついていけない。

 アーマード・ビッグ・ベアと遭遇した時の感想がこれなのだ。相手は軍が出張るほどの魔物なんだぞ?

 まあ、言われてみれば身に纏った装甲は鎧を着込んでいるように見えなくも無いし、後ろ脚で立ったその姿はサイズ感さえ無視すれば何かのマスコット・キャラクターのようでもある。

 だが10メートルもの巨体を持ち、激しく敵意をぶつけてくる相手に”可愛い”と言える感性など俺には無い。俺ひとりなら瞬殺コース間違いなしだからだ。

「えーと海斗さん、ソフィアさん。そろそろ何とかしてくれませんかね?」

 冷や汗をかきながら俺がそう言うと、2人は目の前にいるのが”敵”だという事にやっと気付いたような顔をする。いや、そもそも2人にとっては敵ですらないのかもしれない。

「ああ、そうだね。こんなところで時間を潰してるヒマはないんだった。ソフィア、頼めるかい?」

 海斗の言葉にソフィアは「はい」と短く答えて左手を伸ばす。

 彼女が口の中で何かを小さく呟いた次の瞬間、左の掌から閃光がほとばしりアーマード・ビッグ・ベアの脳天を貫いた。

 一撃である。

 アーマード・ビッグ・ベアの額には黒い穴が開き、燻った煙を上げたままその巨体は轟音とともに倒れ落ちた。

 相変わらず無茶苦茶な強さだ。しかも、ほとんど実力を出さずにこれなのだ。”加護持ち”とは魔物以上の化け物なのである。

 その後もう一体、不運なアーマード・ビッグ・ベアをこの世とお別れさせてから俺達は森の最深部へと足を踏み入れた。

 そこは暗い霧のようなものが漂う、あからさまにヤバそうな場所だった。

 ”探知”の魔法を使えない俺ですら淀んだ魔力がおそろしく充満しているのが分かる。いかにも死霊系の魔物が出そうな場所だ。

 そして、案の定そいつは姿を現した。

「出たぞ!ゴーストだ!」

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