07 むかしむかし
「何でも1000年ほど前に勇者が魔物の軍と戦った場所で、今は大きな森になってるらしい。」
俺と海斗が追っているのは先々代、500年程前の勇者の足取りだ。
なのでこの勇者とは別人ということになるわけだが、それでもこの噂を聞き流すことは出来なかった。
何故なら勇者の名を冠した森だからだ。
勇者と言うのは神聖な存在とされており、勝手にその呼び名を使うことは許されていない。
それに、勇者が戦った場所なら他にいくらでもあるだろう。にもかかわらずその森にだけ勇者の名が付くということは、何か重要な場所であるであることを意味していた。
オルダニオ王国へ入ってすぐの町。
そこで到着の翌日に俺は”勇者の森”の情報を集めて回った。
俺がひとりで動いたのは、別に海斗達が役に立たないからという訳ではない。
勇者パーティーで旅をする内に、なんとなくそう言った雑務が俺の役割になっていたからだ。何しろそれくらいでしか役に立てないのだから。
「こういうことは空也に任せておけば問題無いさ。僕達なんかよりずっと手際が良いからね。」
海斗はそう言って俺を持ち上げてくる。
お世辞だとは解かっていても何となくヤル気が出てくるんだから俺も単純な人間だな。
情報収集自体はそれほど難しいものではなかった。別に秘密の話でも何でもないからだ。
但し1000年も前の事で、しかも公式な記録があるわけでもないため話自体はかなり曖昧な点が多い。
まあ、それは良い。単なる伝承の域を出ないのも想定内だ。
ただ気になるのは、そこがどうやら曰く付きの森らしいという事。しかも現在進行形で。
「何故そこが”勇者の森”と呼ばれるのか分かったぞ。」
その夜、夕食を終えた後に話をするため部屋に全員を集めた。さすがに食堂では話しづらい内容だったからだ。
「どうやらそこは勇者が魔王との戦いの末に命を落とした場所らしいんだ。」
勇者だって無敵ではない。戦いで死ぬこともある。
ましてや相手は魔王だ、ギリギリの闘いだったのだろう。何とか勝利を収めはしたが、力を使い果たしその場で倒れたのだそうだ。
ちなみに、”魔王”と言っても人の姿に角を生やし黒いマントに身を包むといった物語によくあるような存在とはちょっと、いやかなり違う。
それはあくまでも魔物を率いる”王”という意味であり、一番強い力を持っているだけの見た目は単なる怪物でしかない。
しかしその力は物語のありふれた魔王よりもずっと強い……のだろう。何しろ主人公(勇者)を死の道連れにしてしまうのだから。
「元々そこは森ではなく大平原だったようだが、勇者軍と魔王軍との長い戦いで草木一本生えない荒れ地になってしまったんだ。
だが勇者が倒れた後、いつしかその遺体の周りに樹が生えだしてあっと言う間に大きな森になった。そう言い伝えられているようだ。
尤も、その辺りの話はかなり怪しいけどな。」
荒れ地がいきなり森になったと言う点については嘘とも本当とも言えない。何せこの世界には俺の常識では説明出来ないことが多すぎるのだ。
しかし、死んだ勇者の周りにやがて樹が生えだしたと言うのはかなり眉唾だろう。いくらなんでも遺体をそのまま放置しておくわけがない。
なので、勇者落命の地が長い年月をかけて森に生まれ変わったという辺りが真相ではないかと思う。
「それで勇者の名を付ける事が許されたのね。いわゆる聖地みたいな場所なのかしら。」
普通に考えればソフィアの言う通りだ。
命を懸けてこの世界を守った勇者を讃える場所。それが”勇者の森”ということになるのだろう。
しかし、現実は完全にその予想を裏切っていた。
「まあ、普通はそう思うよな。勇者を追悼するための聖なる森、みたいな感じで。」
「……という事は、違うの?」
「最初はそうだったんだろうけど、今じゃ”勇者の森”は瘴気に満ちた魔物の巣になってるらしい。」
「まさか!?どうして?」
俺の言葉にソフィアは驚きの声を上げる。
「残念ながらそこまでは分からない。いつからそうなったのかもハッキリしないんだ。」
1000年前、この辺りは今と異なる国が治めていた。それがおよそ400年程前に滅んで、その後にオルダニオ王国が建国されることになる。
なので、正確な文献は残っていないらしかった。滅んだ国と一緒に消失してしまったからだ。
ただひとつ分かっているのはオルダニオ王国が出来た時、既に”勇者の森”は魔物の巣と化してしまっていたこと。
この国は建国以来その厄介な森を抱え続けていたわけだ。ご愁傷様。
「勇者に倒された魔物達の怨念がその森に集まってしまったのかしら。」
聞いて回った中にもソフィアと同じように考えている者はかなりいた。何故ならそれは実際にあり得る話だからだ。
ゴーストとかゾンビとか、元の世界では映画の中の話でしかなかったものが、この世界では実際に存在していた。
まあ、魔法やモンスターが実在する世界だ。それくらい驚くほどのことでもない。
しかし、俺にはそんな単純な話でもないように思えた。
「勿論その可能性も無いとは言えないが、もしそうなら同じような場所がいくらでも出来てしまうんじゃないか?
何しろ魔物との戦いはあちこちで行われたんだから。
でも、そんな話聞いたこと無いぞ。」
「……それもそうね。私も聞いたことが無いわ。」
魔王率いる魔物の軍との戦いは数千年に及び、その戦場跡は大陸全土に存在する。
その全ての場所に怨念が集まってしまったのではこの大陸はそれこそ”勇者の森”だらけになってしまうだろう。
だが、少なくと俺達はそんな話を聞いたことが無かった。
「まあ、ここであれこれ話して何かが判るわけでもない。となると、やることはひとつかな。」
それまで静かに俺達の会話を聞いていた海斗がおもむろに口を開く。
「その”勇者の森”とやらに行ってみようよ。」
やっぱりそうなるか。
海斗ならそう言うと思っていた。
確かに魔物の被害から人々を護るのが勇者の務めではあるものの、それとは別に俺達は勇者についての情報を探している。となれば行かないという選択肢は無い。
魔物の巣に飛び込んで行くのは正直あまり気乗りしないが、海斗が一緒なら大丈夫だろう。
「それで、”勇者の森”にはどんな魔物がいるんだい?」
「この町じゃそこまでは分からないな。”勇者の森”とは結構離れているのから、詳しい事を知ってる人間はいないみたいなんだ。
森近くの町まで行って、そこでまた情報を集めるしかない。」
という訳で俺達は”勇者の森”近くにある町、グースデンへと移動した。途中の話は例によって割愛である。
グースデンはそこそこ大きな町だった。
と言っても産業で栄えた町ではない。大きな軍の駐屯地があり、それがこの町の経済を支えていた。
”勇者の森”は危険な魔物が棲む森だ。そこから魔物が流出していかないよう監視するために軍が駐留しているのである。
町に着き、さっそく俺は情報を集めて回った。
”勇者の森”は最終目的地であるファンデール王国への道筋から少し外れた場所にある。つまり遠回りになるわけだ。
なのでゆっくりもしていられない。さっさと片付けなければいけないのだ。
そしてその夜、”勇者の森”探索を明日に控えて俺は聞いてきたことを皆に話して聞かせた。
「”勇者の森”なんだが……どうやら思ってたよりも厄介な場所みたいだ。」