06 ザンネン男
「解散と言っても、あくまで一時的にです。
これから先は皆それぞれに修行の旅を続けようということになりました。」
ソフィアの話を聞くに、どうやらパーティー自体が無くなるということではないようだった。
他者に頼らず自らの力だけで旅をすることにより己をさらに磨き上げる。そういうことになったらしい。何とも生真面目な連中である。
まあ世界の命運を背負っているのだから、それくらい真剣なのも当然と言いえば当然なのかもしれない。
ただ、もしそうでなくともソフィア自身は後から俺達を追ってくるつもりだったらしい。
それを聞いた海斗は何故かニヤリと笑い俺とソフィアを交互に眺めた。
「それほど空也のことが心配なのかい?
まあ、君からすれば加護を持たない空也は危なかしくて仕方ないんだろうけどね。
でも、わざわざ追いかけてくるなんてなかなか積極的なんだね、君は。」
海斗が意味ありげにそう言うと、途端にソフィアの顔が真っ赤に染まる。
「な、な、な、何をおっしゃいますですかユウシャサマ……いえ、カイトさん。
べ、別に心配とかそんなコトではなくてですね。
ただクウヤが一緒では何かとカイトさんに負担がかかるでしょうから、少しでもお力になれればと……。」
こいつら露骨に俺をディスってやがる。ディスりながらイチャついてやがる。
確かに俺はこの2人からすれば無能で激弱の人間だ。それは認める。
もし旅の途中で強い魔物や盗賊に出会いでもすれば、海斗の助け無しに切り抜けるのは難しいかもしれない。
とは言え、本人を目の前にそこまでハッキリ言わなくてもいいんじゃないか?
それに海斗、お前は少し鈍すぎる。何て残念なヤツなんだ。
「何言ってんだ海斗、ソフィアはお前を追いかけて来たんだぞ。
俺のことなんてただの口実で、ホントはお前と一緒にいたいからに決まってるだろうが。
そんなことも分かんないのか、お前は。」
俺はちょっと拗ねながらそう言った。
それも仕方ないだろう。あからさまにお荷物扱いされては誰だって不貞腐れるさ。例えそれが本当のことだとしても。
2人には猛烈に反省を促したい……ところなのだが、何故か予想もしていなかった重い空気がその場を満たした。
少々ハッキリ言い過ぎたか?
そのせいで2人の間が気まずくなってしまったのかとも思った。
しかし……違うな。気まずい空気が漂っているのは俺と2人の間にだった。
「空也……。」
海斗は何か残念なものでも見るかのような目を俺に向けてくる。
ソフィアに至っては睨み殺さんばかりの目で俺を見ていた。しかも、少し涙目のようにも見える。
何故だ?何故俺が責められる?納得いかん。
まあ確かに、少々デリカシーに欠ける発言だったかもしれない。2人からすれば余計なお世話だったのだろう。
だが元はと言えば、お前達が俺をネタにしてイチャつくのが悪いのだ。俺は悪く無い。
「ゴメンねソフィア。空也はこういうヤツなんだ。」
「……それは分かってるつもりです。」
そう言って2人は溜息をついた。
それから2人は意図的に俺を無視して明日の予定を話し合っていた。その間、俺は孤独に飯を喰らう。
食事を終えて部屋に戻る際にもソフィアはまだ怒っている様子だった。
部屋で彼女が怒っている理由を尋ねても海斗は「空也が悪い」としか言わない。
何か地雷を踏んだのだろうか?
どうにも女心というのは良く分からん。明日からの旅に不安を抱えながら俺は床に就く。
翌朝、幸運なことにソフィアはいつもの彼女に戻っていた。とりあえず一安心である。
この先、彼女と海斗との間のことには間違っても口を挟むまいと固く心に決めながら、俺はカリオラの町を後にした。
俺達は国境を越えて隣国を目指すわけだが、皇国には内緒で出国するため街道は通らない。街道から少し離れた森を抜ける予定だ。
そこはかなり大きめの森で、奥の方には魔物も棲み付いてるとのこと。
と言ってもそれほど強くない下級の魔物のようなので全く心配はしていない。
何しろこちらには勇者と『魔導王』がいるのだ。例えドラゴンに襲われようと何の問題もないだろう。……まあ、俺以外は。
だが、結局魔物とは遭遇しなかった。
小規模な狼の群れとなら出会ったものの、海斗がちょと威圧しただけであっさりと逃げ去っていった。賢い奴等だ。
難なく森を抜けた俺達は少し進んでから街道に戻る。原野を歩くよりも、ある程度整備された道の方が楽だからだ。
「このままファンデール王国まで歩いて向かうのですか?」
街道を歩き始めて少ししてから、ソフィアが海斗にそう問い掛けた。
確かに、ファンデール王国までは相当な道のりだ。この先歩きづめというのも結構身体に負担が掛かる。それを考えてのことなのだろう。
ちなみに、修行の旅をしていた際にはよほどのことが無い限り徒歩で移動していた。馬や馬車を使った楽な旅では意味が無いからだ。
だが今回は違う。建前としては物見遊山の旅なのだ。
まあ、ソフィアとしては修行も兼ねての旅なのだろうから、どちらでも構わないと思っているに違いない。
なのでこれは俺のことを考えての発言だと思われる。何しろ勇者である海斗には無尽蔵の体力があり、ソフィアが心配するまでもないのだから。
「俺のことは気にしなくていいぞ。皆と旅してる時だってちゃんとついていってただろ?」
俺はそう強がってみせたがソフィアとしてはどうにも心許ないようだった。
「何言ってるのよ。ハロルドに回復魔法を掛けてもらってたくせに。」
バレてたか。
ハロルドとは勇者パーティーの一員で『聖者』の加護を持つ男、ハロルド・ヘイズのことだ。
ソフィアも『魔導王』として魔法全般に高い能力を持っているが、こと回復や補助を含む聖属性魔法に関してはハロルドの方がそれを上回っていた。
彼はセリオス教聖職者の息子で極度に無口な男だった。正直、何を考えているのか良く分からないヤツである。
それでも面倒見は悪く無い男で、旅で疲弊した俺によく回復魔法を掛けてくれた。
こっそりやってたつもりなのだが、どうもバレバレだったようだ。
「あの時はそれなりに厳しい場面もあったからな。そうなるとさすがに加護のない俺では体力が持たないこともあったさ。
でも今回はのんびり行くんだから大丈夫だろう。足は引っ張らないようにするよ。」
「キツい時は無理せずちゃんと言いなさいよ。回復魔法掛けてあげるから。」
お前は俺のお母さんか。
尤も、心配して言ってくれているのだから文句を言う筋合いのことではない。
女性に体力の心配をされるなんて……などという変なプライドは無かった。今はもう。
まあ最初の頃はちょっと落ち込みもしたが、加護の有る無しはその人間の身体能力にも大きく影響を与えるのだ。
年齢や性別にかかわらず、加護を持った者は持たない者に比べて遥かに強靭な身体を持つ。なので、張り合うこと自体無意味なのである。
「ああ、その時はよろしく頼むよ。」
回復魔法なら海斗も使える。と言うか勇者は全ての魔法についても桁違いの能力を有していた。
なので別にソフィアに頼る必要は無いのだが、それを口にするほど俺も迂闊ではない。昨日のように地雷を踏むのだけは避けなければ。
そんな俺の見えない努力のおかげで旅は大きな問題も無く順調に進んだ。
そして、ファンデール王国までのおよそ中間点に位置するオルダニオという王国に到着した時、俺達は意外な噂を耳にしたのである。
「どうやらこの国には”勇者の森”と言うのがあるらしいぞ。」