05 押しかけ同行者
「許可無しに国外に出ようなんて無茶にもほどがあるわ。
国から出る事自体どうこう言うつもりはないけど、せめて一言断ってからにすべきじゃないかしら。」
俺達が内密に国を出ようとしている話をすると、案の定ソフィアはそれに反対した。
皇国の反応を甘く考えすぎな感はあるが、言い分としては真っ当である。それだけに意見を変えるつもりも無さそうだ。
しかし、俺には奥の手があった。彼女を黙らせる取っておきの手が。
「でも、それは俺の考えじゃないぜ。海斗がそうしようって言ったんだよ。」
「勇者様が?」
海斗の名を出すと、途端に彼女の語気が弱まった。勇者を信奉する彼女には海斗の考えを否定することなど出来ないのである。
多少卑怯なやり方ではあるものの、海斗が言い出しっぺなのは本当なのだ。だから俺に罪悪感など無い。
「勇者が国を出るとなればいろいろと周りに気を使わせるだろ?
今回皇国の外を見て回りたいというのは、あくまで自分達の我儘なんだ。
そのせいで他人に負担を掛けるようなことはしたくないって海斗が言うんだよ。」
なので、そんな出まかせもスラスラと言える。
「そうなの、勇者様がそんなことを……。」
そう言ってソフィアは黙り込む。
勝った。俺はそう思った。もう反対する様子は無い。ついでにこれで同行もあきらめるだろうと、そう考えたのだ。
だが、やはり凡人の俺が『魔導王』に勝とうなど100年早かったようである。
「解かったわ、それが勇者様の御意思なら私も従うだけよ。何も言わず付いて行く。」
いや、別に付いて来いとは一言も言っていないのだが……その表情を見るに、彼女の中では旅への同行が既に確定事項となっているようだった。
激しくお断りしたいところではあるが、そんなことをして怒らせでもすれば俺の身が危ない。何せ相手は最強の魔法使いなのだから。
結局、チキンな俺は彼女に押し切られることになる。
「それで?どこに行くつもりなの?」
そう問われたので答えると、それを聞かされた時の俺と同じように彼女も驚きの声を上げた。
「ファンデール王国ですって?
あそこは大陸の東の果てよ?
何しにそんなところまで行くのよ?」
まあ、気持ちは解る。俺だってそう思ったのだから。
「海斗が行きたいって言い出したんだよ。
何でも本で見て興味が湧いたらしいんだが、詳しい事はアイツに聞いてくれ。」
さすがに古き勇者の足跡を辿るためとは言えなかった。
どうも皇国は勇者の情報を意図的に隠している節がある。となれば、俺達の目的をうかつに口にするわけにはいかないだろう。
と言うわけで、後は海斗に丸投げすることにした。
悪いとは思うが、俺ではソフィアを納得させるのはムリだ。いろいろ突っ込まれてボロを出すのがおちである。
その点、海斗が相手なら多少の疑問があってもそれを追及したりはしないだろう。
予想以上に効果はてきめんで、彼女もそれ以上聞いてはこなかった。
そんなやりとりの後、俺はソフィアを連れて宿に戻った。
彼女が自分の部屋を取っている間に俺は自分達の部屋へと戻り、あらましを海斗に説明する。口裏を合わせるためだ。
この厄介な状況に海斗も困惑するだろうと思ったのだが、その予想は見事に外れた。
「へぇ、ソフィアも一緒に行くんだ。人数は多い方が旅も楽しいだろうし、まあいいんじゃない。」
笑ってそう言いやがったのだ。まったく大人物だよ、お前は。
「けど、ファンデールに行く目的はどう説明するつもりだ?
勇者の情報を集めるためだなんて正直に話すのはちょっと上手くないんじゃないか?」
ソフィアは良いヤツだ。それは間違いない。
だが、皇国に忠誠を誓う臣民であることも確かなのだ。
俺達が皇国に対して少なからず不信を抱き、独自に勇者の足取りを追おうとしていると知ればどんな反応をするか。
「遠いから、でいいんじゃない?」
「はあ?」
また理解不能なことを言い出しやがった。
『何故そんな遠くまで行くのか?』という問いに、『遠いから』と答える意味が分らん。
「調べてみたんだけど、ファンデールをはじめとした東方の国々にはこの辺りとは違った文化が栄えているらしいんだ。
それを見に行くってことにすればいいんじゃないかな。」
それくらい魔物の軍を倒してからでも出来るだろう、とはおそらく誰も言わない。
魔物との戦いは命懸けなのだ。例え勇者であっても生き残れると言う保証は無かった。
なので今にうちにやりたいことをやったとして、それをただの我儘と責めることは出来ないはずだと海斗は言うのだ。
「お前は……ホントそういうとこ悪知恵働くよな。」
それから俺達は連れ立ってロビーへと向かう。
「やあソフィア、元気そうだね。と言っても、まだ別れてから数日しか経ってないけど。」
海斗がそう声を掛けると、ソフィアはすっと背筋を伸ばし軽く頭を下げた。
「勇者様におかれましてはお変わりないご様子で何よりです。」
俺への対応とは大違いである。まあ俺の場合、そんな堅苦しいマネをされても逆に困るだけだが。
「そんな堅苦しい言い方は無しにしないかい、ソフィア。
ここから先はあくまでも個人的な旅行であって修行の旅とは違うんだ。もうちょと気楽に行こうよ。」
だが、海斗の方は堂に入ったものである。すっかり勇者としての風格が身についていた。
「勇者様がそうおっしゃるのであれば……。」
「まだまだ硬いなぁ。
それに僕のことは勇者ではなく名前で呼んでくれないかな?
国外に出るにあたっては、やはり勇者であることをあまり公にしないほうが良いと思うんだよね。」
「承知しま……いえ、分かりました、カイト様。」
「”様”も要らない。呼び捨てにしてくれて構わないよ。」
「いえ、そう言うわけにはいきません。」
この世界の人間にとって勇者とは神の使徒的な存在である。さすがに呼び捨てはムリなのだろう。
俺に関してはナチュラルに呼び捨てなのだが、まあそこは仕方あるまい。
結局、”カイトさん”と呼ぶことで折り合いが付いた。
「とりあえず荷物を置いてくるといいよ。
僕達はこれから夕食を取ろうと思っているんだけど、君もいっしょにどうかな。」
既に陽もすっかりと落ち良い具合に腹も減っていたので、明日の予定を話しながら皆で飯を食うことになった。
荷物を置いて戻って来たソフィアを伴い、俺達は宿に併設されている食堂に向かう。
ロビー戻るまでそれ程時間は掛からなかったにもかかわらず、ソフィアは旅の服装からばっちりと女性らしい服に着替えていた。
そこはさすが恋する乙女といったところか。海斗の前では綺麗でいたのだろう。
先ほどソフィアが持っていた荷物はほんの手荷物程度でしかない。
それでよくそんな服が入ったなと普通なら思うところではあるが、彼女は”大”魔法使いだ。海斗同様、”収蔵”の魔法が使える。
そこには舞踏会にも出られるような豪華なドレスさえ収納されているのだ。この程度の服なら山ほど入っているに違いなかった。
ちなみに、勇者パーティーで”収蔵”が使えるのは海斗とソフィアだけである。
その2人がいなくなってしまっては他のメンバーも大変だろう。荷物は全て自分で持たなくてはならないからだ。
だが、そんな俺の心配は全く的外れなものであることに気付く。
「それで、他の皆はどうしたんだい?
そのまま旅を続けているのかな?」
そんな海斗の問い掛けに答えたソフィアの言葉は完全に俺の予想外のものだったのだ。
「いえ、パーティーは解散することになりました。」