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40 異世界にて

最終話です

「別にお前やハロルドが勇者を名乗ろうと、そんなこと俺にはどうでもいいことなんだ。好きにしてくれ。

 お前達の邪魔する気なんか無いさ。それで海斗が帰って来るわけじゃないからな。」

 そんな俺の言葉にアシュリーは睨むような視線を送って来たが、特に言葉は発しなかった。

「だが、俺の仲間を苦しめるようなマネだけは許さない。もし、そんなことをしたらその時は……皇国を滅ぼすこともためらわないからな。

 それだけはハッキリ言っておくぞ。」

「……分かった、君達には手出しさせない。僕が約束する。」

 そう返事をしたのはアシュリーではなくハロルドだった。

「今回は本当に……済まなかった。君にも勇者様にも申し訳ない事をしてしまった。謝って済むことではないことも分かっている。

 でも、皇国全ての人間が君達を危険視しているわけじゃない。むしろ大多数の者はこの世界を救ってくれることに感謝してるんだ。

 それだけは分かっていてほしい。」

 そう言ってハロルドは頭を下げる。

 俺は少しだけ驚いた。別に頭を下げたことにじゃない。ただ……ハロルドってこんなに喋るヤツだったのか?

 その後、ハロルドはアシュリー達を連れて皇都へと戻って行った。

 転移ゲートをくぐる彼の後姿はどこか寂し気で「またな」という俺の言葉に一瞬反応したようだったが、結局振り返ることなく行ってしまった。

「あんた達は戻らなくて良かったのか?」

 そんなハロルドを見送った後、俺はクローデイアとロドニーにそう問い掛けた。

「今さら戻れるわけねえだろ。下手すりゃ反逆者として処刑されちまう。」

「まあ、アシュリーさえ冷静になってくれればそこまでのことにはならないでしょうが……だからと言って、今まで通りにとはいきませんからね。

 皇国は潜在的な危険分子として我々を見るでしょうし、我々としても皇国に対し疑念を持ったまま仕えることになります。」

 だからここに残った、という事らしい。

 確かに、今回の件では何らかの処罰を受けることになるだろうが、処刑というのはさすがに無いはずだ。彼女達は対魔物軍との戦いにおける貴重な戦力なのだから。

 とは言え、こうなってしまった以上は元のような関係に戻ることも出来ないだろうな。常に相手への不信感を持ち続けざるを得ないのだから。

「……そうか。」

 俺は少し沈んだ声でそれだけ答える。彼女達を巻き込んだことに負い目を感じてしまったのだ。

 そんな複雑な思いのままふとソフィアに目をやると、彼女は少し怒ったような目つきで俺を見返してきた。

 どうらや俺の考えていることなどお見通しらしい。「バカにするな」と言った感じで俺を睨む。

 そうだな、これは彼女達が自分で考え行動した結果なのだ。それを哀れんだりするのは却って失礼というものだろう。

 それから俺達は……海斗の弔いを行った。

 ヴィーの洞窟へと遺体を運び、ジルベールの隣に埋葬する。ここならアイツも少しは寂しさが紛れるだろう。

 その間、ソフィアはずっと涙を流し続けていた。クローデイアもロドニーも、その目には涙を貯めたままだった。

 しかし、俺だけは何故か涙が出なかった。それは、もしかするとまだ海斗が俺の中で生き続けているからなのかもしれない。勇者の”力”として……。

「後は……2人だけでゆっくりお別れをするといいわ。」

 出来上がった墓に祈りを捧げると、ソフィア達は俺を残して洞窟を出て行った。同様にヴィーもどこかへ飛び去って行ってしまう。

 俺が涙を流さないのは、皆の前で我慢しているからだとでも思ったのだろうか?

 全く余計な気を回してくれたものだ。だが、その気持ちは素直に有難かった。

「ホント、良いヤツ等だよな。」

 俺は墓の中で眠る海斗に話しかける。

「アイツ等がいてくれるから、俺は大丈夫だ。こっちの世界でも何とかやっていけるさ。だからお前は……安心して……。」

 別れの言葉を言おうとして……俺は言葉に詰まった。同時に、今まで抑え込まれていた感情が一気に溢れ出して来る。

 ああ、ソフィア達は正しかったんだ。俺が自分で気付かずにいただけだったんだ。

 その先はもう言葉にならなかった。身を焼くような悲しみに、俺は声を上げて泣き続けた。

 そして翌日、俺達は小屋に集まり今後のことを話し合った。

「それでクウヤ……いえ勇者様、今後どうなさるおつもりですか?」

「そんな言い方はやめてくれ、背中がかゆくなる。今まで通りにしてくれよ。」

 俺が勇者になったということでクローデイアも言葉を改めようとしたみたいだが、勿論お断りさせてもらう。そんなのガラじゃないんだ。

「そうだよな。例え勇者になろうと、お前はお前だもんな。」

 ロドニーがそう言って笑いながら俺の背中を叩く。別に言葉使いはどうでもいいが、その馬鹿力で叩くのだけはやめてくれ。地味に痛い。

「それで?これからどうするの?」

 ソフィアが改めでそう聞き直してくる。

 それに対する答えは、俺の中で既に決まっていた。

「勇者の召喚を止めさせる。」

 それが俺のやるべきことなのだ。

「この世界にもいろいろ事情はあるだろうが、何の関係も無い人間を無理やり召喚するなんてのはやっぱり間違ってる。

 ましてや、わざと命を縮めるよう術式に細工をして呼び出すなんて、そんなこと続けさせておくわけにはいかない。

 だから止めさせる。皇都に乗り込んで大聖堂にある召喚陣を破壊してやる。」

 それはかなり過激な発言だったのが、誰にも驚く様子はなかった。

「そう言うと思ったわ。」

 ちょっと呆れた素振りを見せながらも、ソフィアはそう言って笑った。

「勿論、私達も手伝うわよ。」

「いいのか?皇国を敵に回すことになるんだぞ?」

「それは覚悟の上よ。

 正直、皇国と戦うことに抵抗が無いといえば嘘になる。でも、国であろうと人であろうと、間違った行いをしているのならそれは正さなけれなならないの。

 本来、”神の加護”というのはそのために神が授けて下さったものなのだから。」

 ”神の加護”とは世界を護るために神が与えた力。

 それは何も魔物と戦うことだけのためにあるのではない。世の理を歪めようとする全ての者に対し立ち向かうことを定められた力である、とソフィアは言う。

 その言葉にクローデイアとロドニーも黙って頷いた。おそらく、それがセリオス教本来の教えなのだろう。どうやらセリオス教会の中にもまともな連中はいるようだ。

「まあ、そういうことなら喜んで手を貸してもらうさ。よろしくな。」

 俺がそう言うと、皆はもう一度頷いた。

「で、いつ動き始めるんだ?」

「今すぐ。」

 ロドニーの問いに俺は即答した……のだが、その後で少し言葉を濁す。

「……と言いたいところだけど、魔王が発生する原因をそのまま放っておいて召喚だけ止めさせるってのも、ちょっと気の毒な気もするしなぁ。

 先に邪神の”核”を何とかしたほうがいいのかもしれない。」

 魔王は邪神の”核”から生み出される。つまり、その”核”が無くなれば魔王が現れることもないし勇者を召喚する必要も無くなるのだ。

「尤も、今回の魔王は既に産み出されてしまってるみたいだから別に急いでも仕方ないしな。

 まあ、しばらくはのんびり旅でもしながらゆっくり考えるとするさ。」

 俺のそんな呑気な台詞にクローデイアとロドニーはちょっと呆れた様子だ。

 だが、ソフィアだけは嬉しそうに笑った。海斗の言葉を思い出したのだろう。

『どんな処にどんな人々が住んでいてどんな暮らしをしているのか、それを知ることはきっと楽しいことだと思うよ』

 ああ、そうだな。きっとそうだ。

 この先、俺はこの世界で生きてゆくことになる。ここは”異”世界ではなく”俺の”世界となるのだ。

 もっと知ろう、いろいろと。国や町や人のことを。そして……仲間達のことも。

 だから心配しなくていいぞ、海斗。約束は守るからな。

 心の中で海斗に語りかけながら青く澄み切った空を見上げる俺の身体を優しく風が撫でてゆく。

 ようこそ、この世界へ。そう言って俺を迎え入れてくれるかのように。

 今、俺は初めてこの世界の人間となった。陽の光とそよ風と、そして仲間たちの声に囲まれながら、俺は心からそう感じたのだった。



 絶望。

 それこそが、その場にいる者達の心の中を言い表すのに最も相応しい言葉だった。

 対魔物連合軍本陣。

 今、彼等は魔王率いる魔物の大軍と僅かな距離を挟んで対峙していた。

 じきに魔物の軍はこの本陣へと攻め入ってくるだろう。しかし、残念ながらこちらに対抗する術はない。

 元々、開戦当初から連合軍の志気は決して高いとは言えなかった。皆、どこか違和感を感じていたのだ。

 その原因は勇者とそのパーティーにある。

 勇者パーティーのメンバーである”神の加護”持ちは3人。そのうちの2名が、どうにも頼りないのだ。

 勿論、決して弱いわけではない。加護の名に恥じない、常人を超えた力を持っているのは確かだ

 しかしそれはあくまで一般人より強いといったレベルでしかなく、強力な魔物相手には苦戦する姿が何度も見られたのだ。

 だが残るひとりは、これが恐ろしく強かった。本当に同じ加護持ちなのか?と疑問に思わせる程、ほかの2人とは比べ物にならないほどの強さを見せた。

 そのせいで部隊内には、前述の2人が実は”神の加護”ではなく”精霊の加護”持ちなのではないかという噂も流れるほどだった。

 だが、それはまだいい。彼等はあくまでもサポート役であって主役ではないのだから。

 本当の問題は勇者にあったのだ。

 さすがに勇者だけあって、その強さは多くの魔物を圧倒した。だが……正直言って何か物足りない。当然、(弱い方の)加護持ち比べれば断然力は上だったが、それでもズバ抜けた強さを感じさせる程でもなかったのだ。

 勇者は他と比べものにならないほど超絶的な力を持っているはずなのにもかかわらずだ。

 むしろ、もうひとりの加護持ちの方が勇者より力は上なのではないか?そう感じる者も決して少なくは無かった。

 加えて、その人柄もまた兵士達を困惑させる

 神の使徒であり世界の救世主でもある勇者は、本来人々を導く立場にあるはずだ。

 なのに目の前の勇者はどうだ?

 常に傲慢な態度で他者を見下し、何か気に喰わないことがあればすぐにヒステリーを起こす。これではまるで、質の悪い貴族のようではないか?

 尤も、だからと言って彼が勇者に相応しくないなどとは誰にも言えなかった。

 何故なら、そもそも彼等が抱く勇者像はあくまでも伝承を元にしたものでしかないからだ。過去の勇者がどのような人間だったのか、それを知る者など誰もいないのだ。

 結局、勇者に対し過度な幻想を抱いていただけなのだと、そう自分を納得させるしかなかった。

 そんな出だしから暗雲に包まれてしまった連合軍は、やがて魔王率いる敵本隊と交戦することになる。

 そして、魔王との直接対決。

 しかし……その結果は惨憺たるものだった。惨敗である。

 先ず、加護持ち2人が戦死。例の”精霊の加護”持ちではないかと噂されていた2人だ。彼等は魔王に辿り着くことすらなく、幹部クラスと見られる魔物に倒された。

 それから、勇者。

 彼はさすがに魔王の前まで進み、これと戦った。しかし……敗れた。残念ながら魔王の力には及ばず右目を負傷し、さらに左脚の膝から下を失うことになる。

 もうひとりの加護持ちによって急ぎ勇者の治療が行われはしたが、さすがに彼の魔法を持ってしても欠損した部位を元通りには出来ない。しかも勇者は左脚を失ったことにより半狂乱状態となってしまい、結局戦線を離脱することになる。

 最悪の事態を迎え、軍は撤退を余儀なくされた。それが昨日の出来事。

 そして今、魔王の率いる軍勢は連合軍にとどめを刺すべく進軍してくる。

 兵士達は皆、疲れ果てていた。肉体的にも精神的にも。そんな彼等には、もはや勝てる見込みなど万に一つも無い。

 誰もが死を覚悟した。ひとり残された最後の加護持ちも、もはや生きて帰れぬことは分かっていた。

 それでも彼は立ち向かおうとする。何故なら、これは自分達がして来たことへの報いなのだから……。そう覚悟して。

 突然、魔物達が大きな声で吠え出す。どうらや進撃の合図のようだ。

 ここまでか……その場の誰もがそう思ったその時、いきなり連合軍と魔物との間に4つの人影が姿を表す。魔法で転移して来たのだ。

 そして、魔物の軍へと突撃してゆく。

 それから皆が目にしたのは、まるで夢でも見ているかのような光景だった。

 4つの人影は圧倒的な強さで魔物の軍を蹂躙していった。

 ひとりの女性らしき金髪の剣士が剣を振るえば、その斬撃は目の前の魔物をまるで紙切れのように易々と切り裂いて行く。

 またもうひとり、赤毛の巨漢は身体ひとつで敵の中へと飛び込むと、大型の魔物すら軽々と弾き飛ばして暴れ回る。

 さらには銀髪の少女。彼女が放つ火炎魔法は、黒雲に覆われた薄暗い大地にもうひとつの太陽を産み出したのではないかと思えるほどに巨大で凄まじい威力を持っていた。

 魔物達はみるみる内にその数を減らしていった。そして、彼等は魔王へと辿り着く。

 すると最後のひとり、黒髪の青年が魔王の前に進み出た。

 実のところ彼が何をしたのか、それを理解出来た者は少なかった。何しろほんの一瞬だったのだ。

 そんな彼の一瞬の動きの後……魔王の胸から上は爆発でもしたかのごとく粉々に弾け飛ぶ。

 皆が呆然とする中、その青年は最後に天から幾千の稲妻を降らせ、残りの魔物を駆逐してゆく。

 そしてその後、現れた時と同様に突然4人の姿は消えた。

 一体、何が起こったのか?彼等は何者なのか?

 連合軍兵士達は驚きと困惑に囚われる。

 だが、ひとつだけ確かな事があった。それは、自分達が助かったのだという事。

 全てが理解を超える出来事の中、それでも彼等はそのただひとつの事実に歓喜した。

 そんな中、彼だけは全てを理解していた。最後に残った加護持ち、『聖者』の名を持つ彼だけは。

「……ありがとう、みんな。来てくれたんだね……。」

 そんな彼の言葉も兵士達の歓喜の声がかき消してしまう。勿論、誰に言ったわけでもないので彼は気になどしなかった。

 それからしばらくの間、彼は流れ出る涙を拭おうともせず4人が消えた地点をただ見つめ続けた。

 こうして戦いは終わり……世界は魔王の脅威から救われたのである。

 本作はこれにて完結となります。

 拙い文章にもかかわらずお付き合いいただいた皆様には感謝の言葉しかありません。


 本来は30話程度に収めるつもりが、気付けばそれをかなりオーバーしてしまいました。

 文章自体もそうですが、話の方ももう少し上手くまとめられるようにするのが今後の課題となりそうです。


 まだいろいろと含みを残したままですが、これ以上続けてもだらだらと間延びした内容になってしまいそうなので、この話はここで終了とさせていただきます。


 どうもありがとうございました。

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