04 追いかけて国境の町
「僕ひとり残されるのは嫌だから、空也が先走らないようにこのタイミングまで内緒にしてたんだよ。」
「ちょっと待て。という事は何か?俺がパーティーから追い出されることまで計算済ってことか?」
唖然とする俺とは逆で、海斗は実に良い笑顔をしていた。
「パーティー・メンバーの能力上げが終われば、次はもっと危険な旅になるからね。そうなったら空也を連れて行けないって話が出てくるのも当然と言えば当然でしょ?
まあ、彼等が言い出さなかったら僕が言うつもりだったんだけどさ。」
まったくコイツは……。
普段はのほほんとしているくせに、それでいて妙に頭が回る時がある。どうやら旅が始まった時から全て海斗の思惑通りに進んでいたようだ。
騙されたと言うほどではないが、多少は恨みがましい気持ちにもなる。
だが確かに俺が過去の勇者のことを知ったとすれば、海斗の言う通りひとりででもその足跡を辿る旅に出ていたかもしれない。
それほどに俺達は情報に飢えていた。元の世界に戻るため、少しでも多くの情報を集めたいのだ。
なので海斗を責めるつもりはない。
「その件はまあ良いとしてだ、他に何か隠してることは無いだろうな?」
「無いよ。そんなことするわけないじゃないか。」
俺の問い掛けに海斗は笑って答えた……が、多分それは嘘だ。
別に嘘をつく時に出る分かりやすいクセがあるというわけではない。
しかし、俺達は双子として20年近く一緒に過ごしてきたのだ。何となくではあるが、相手の感情が流れ込んで来る時がある。
その感覚が海斗の嘘を見抜いていた。
「……まあ、そう言うことにしといてやるよ。」
だが俺にそれを追求する気は無かった。
海斗だって嘘がバレているのを薄々感じ取っているはずだ。
にもかかわらずそれを否定するからには何か理由があってことに違いない。ならば今は黙っておこうと、そう考えた。
何だかんだ言っても俺は海斗のことを信用しているのだ。
「それじゃあファンデールに向かって出発するとするか。
まずは国境近くの街へ行って旅の準備だな。」
今までも旅を続けてはいたわけだが、あくまでも皇国の庇護下においての行動である。
食料や薬、その他必要な物は全て皇国が手配し、俺達は町々の役所でそれを受け取るだけだった。
だが今度の旅はそうもいかない。自分達でしっかり準備をする必要があるのだ。
と言う訳で、俺達は国境近くの街へと移動した。
途中で何度か魔物と遭遇しはしたがそれほど強いヤツではなかったし、それ以外には特に語るべき出来事もないので道中の話は割愛する。
到着した町の名はカリオラ。隣国へと続く街道の拠点としてそれなりに栄えた町だ。
昼過ぎに着いた俺達はまず宿を確保し、それから必要なものを補充するため買い物に出かけた。
勇者である海斗は”収蔵”の魔法が使える。亜空間か異空間かは知らないが、この世界とは別の”場所”に物を保管しておくことが出来るのだ。
なので、旅をするにあたってはほぼ手ぶらで済む。便利なものだ。
そのせいか、ついつい余計な物まで買ってしまそうになるのが唯一の難点ではあるが。
買い物を終え宿に戻ってから、俺は買い忘れに気が付いた。地図だ。
俺達は皇国内の地図しか持っていなかった。それしか必要無かったからだ。
だが、ここから先は隣国の地図が必須となる。
この世界の地図はあまり精密でないにしても、どの方向に何があるのかが分からないと旅は出来ない。
明日は朝早く出発する予定なので、その時間に店が開いているかどうか。
「ちょっと買いに行ってくる。」
そう言って俺はひとりで町に出た。
そして店で地図を買い宿へと戻る途中、不意に後ろから声を掛けてきたヤツがいた。いや、声を掛けると言うより怒鳴り付けるといったほうがいいかもしれない。
「やっと見つけたわよ、クウヤ!」
振り向くとそこには長い銀色の髪の”少女”(と言うと怒るので)、もとい”女性”が立っていた。
「こんな国境の町で何してるのよ。」
その”女性”は左手を腰に当てがい右手で俺を指さしながらそう問い詰めてくる。
灰色の瞳をした目は俺を糾弾するかのように鋭く光っていた。
だが俺は気にしない。いつものことなのである。
「なんだ、ソフィアじゃないか。」
彼女の名はソフィア・ブラッド。勇者パーティーのひとりで『魔導王』の加護を持つ最強レベルの魔法使いだ。
本来なら勇者のオマケでしかない俺なんかが気安く話掛けられるような相手ではないのだが、彼女は平民でしかも庶民階級の出身であるせいか気取らずに接してくれた。
他のメンバーも決して見下すような態度を取ってくるわけではないが、それでもどこか壁を感じさせる接し方だった。
その点、彼女は初対面から俺を分け隔てなく扱ってくれていた。
それはそれで感謝しているのだが、たまに俺だけ妙に当たりが厳しい時がある。やたら突っかかってくるのだ。
もしかして、これがツンデレと言うヤツか?……などど考える程、俺も己惚れてはいない。
容姿はせいぜいが人並み。能力にしても加護を持たない俺は一般人と何ら変わらない。
一方、俺の隣には顔こそ同じながら人間界の救世主として類まれな力を持つ勇者・海斗がいる。
そんな海斗を差し置いて彼女が俺に惚れることなど天地がひっくり返っても有り得ないだろう。
何か自分で言ってて悲しくなってきたが、残念ながらそれが現実と言うヤツなのだ。
「君こそこんなところで何してるんだ?他の連中もこの町にいるのか?」
「いいえ、私ひとりよ。」
「なんで?」
どうやら俺の反応が気に障ったらしい。ソフィアは凄まじい形相で俺を睨み付けてきた。
「何言ってるのよ!あなた達を追いかけてきたに決まってるでしょ!」
そう勢いよく言ったはいいが、直後に何故か顔を赤くしながらしどろもどろになる。
「べ、別にヘンな意味じゃないから誤解しないでよ。私は勇者パーティーのメンバーなんだし、勇者様と行動を共にするのは当たり前なわけで……。」
”ヘンな意味”とはどう言う意味なのか知らないが、要するに海斗と一緒にいたいと言うことなのだろう。
それならそうと正直に言えば良いものを。何とも面倒臭いヤツだ。
「ってことは修行の旅はどうなるんだ?」
「続けるわよ。勇者様と一緒にね。」
まあそのつもりで追いかけて来たんだろうが、これはちょっとややこしい展開になりそうだ。
何せ俺達はこれから国を出ようとしているのだ。しかも内密に。
皇国に対しての帰属意識が薄い異世界人の俺達と違い、彼女は根っからの皇国臣民である。無断で国外に出ると知れば黙っていないだろう。
「えーと、俺達はちょっと行きたい所があってだな、でもってそこまでの旅は修行になるほどのものでもなくて……。」
「行きたい所ってどこよ?
あなた、もしかして何か企んでるのかしら?」
鋭い。と言うよりは俺の言い訳が見え見えだっただけなのだが、こうなるとソフィアは厄介だ。一度喰い付たら納得するまで離してくれない。
何とか胡麻化そうと努力はしてみたものの、結局は観念するしかなかった。
「無断で皇国から出るですって!?
一体、何考えてるのよ?」