39 今さらバトル?
「一緒に旅をした者同士の誼だ、今なら見逃してやる。だから大人しく帰ってくれ。」
アシュリーは最初、俺の言葉の意味が良く理解出来なかったようだ。
別に擁護するつもりなどないが、それは決して彼の知能がどうこうといった理由からではない。むしろ、ある意味当たり前の反応だろう。
何しろ、アシュリーからしてみれば加護も持たない俺など虫けら同然の相手でしかないのだ。
そんなヤツが上から目線で「見逃してやる」なんて言ってきたのだから、聞き間違いかと思ってしまったのも無理ないことだ。
「何を言っている?気でも触れたか?
この状況でそんなことが言える立場だと思っているのか、お前は?」
「ああ、言い方が分かりづらかったか?
なら、「負けて惨めな思いをする前に、とっとと帰れ」とでも言えば良かったかな?」
俺はとびきり挑発的な言葉を投げかけてやる。”こんな奴”呼ばわりされたお返しだ。こう見えて俺は根に持つタイプなんでな。
「貴様……!」
アシュリーは睨み殺さんばかりの目で俺を見た。その額には青筋を立ているのがハッキリと分かる。
彼はその身分もあって、他人から馬鹿にされるような経験をしたことがない。何しろ公爵家の跡取りだからな。彼の機嫌を損ねただけで手打ちにされる場合もあるのだ。
だがそのせいで煽りや挑発への耐性が無く、ちょっとしたことで逆上してしまう。要するにキレやすいタイプだった。
その点は海斗にも指摘されていたはずだが……全く直ってないみたいだな。
そんなヤツだ。俺の挑発に堪えられず、いきなり切り掛かってきた。
本当なら、何故俺がこれほど余裕でいられるのか、それをもう少し考えてみるべきなんだがな。
ガキン!とういう重い金属音が辺りに響く。俺が剣でアシュリーの一撃を受け止めたのだ。
それを見てアシュリーは驚いたような表情を見せた。いや、彼だけではない。アシュリーの後ろに控えている騎士達も同じように驚いていた。
何故なら……俺は剣を持っていなかったはずだからだ。手にも持っていなければ腰にも差していなかった。
”収蔵”の魔法が使える者であれば瞬時に剣を取り出すことも可能だが、何せ俺は全く魔法が使えないことになっているのだ。それは皆、驚くだろう。
アシュリーはキレ易い性格ではあるものの、戦いの中において我を忘れるほど愚かというわけでもない。
一瞬で気持ちを切り替え、もう一度打ち込んで来た。俺はまたしてもそれを受け止めて押し返す。
そんな打ち合いを何度か続けている内に、アシュリーの顔色が徐々に変わってゆく。何が起きているのか分からない、といった感じだ。
凡人の俺と加護持ちのアシュリーではその体力に歴然とした差があるはずだ。
しかも、アシュリーの剣は特殊な金属を使って皇国一の名匠が打ち、その上セリオス教によって”聖剣”の祝福を与えられた国宝級の逸品だ。
対する俺の剣と言えば、その辺の武具屋で売っている量産品と大して変わらない程度のものでしかない。つまり剣自体の強さも雲泥の差というわけだ。
なのに何故、こうも互角に打ち合えるのか?
アシュリーにはそれがどうしても理解出来ないのだろう。その表情は驚きから恐れにも似たものに変わってゆく。
「おのれ!」
精神的に追い詰められたアシュリーは、そんな恐れを振り払うかのように渾身の力を持って打ちかかって来た。
勿論、それも俺に受け止められてしまう。しかも、それだけではない。アシュリーの剣はカン高い音を立てながら真っ二つに折れてしまったのだ。
「……馬鹿な!」
アシュリーは折れた剣を見つめながら呆然とする。その姿は隙だらけだったが、俺は敢えて攻撃しない。
だがそれは余裕からではなく、どちらかと言えば罪悪感によるものだった。ヤバイ……”聖剣”、折っちゃったよ。みたいな。
「貴様、許さんぞ!」
何とか気を取り直し俺から距離を取ったアシュリーは、折れた剣を握ったまま今度は何かを呟き始める。魔法の詠唱だ。
剣では”油断から”後れを取ったが、魔法なら無能力の俺に抗う術はない。そう考えたのだろう。
「死ね!」
実にストレートな台詞を吐きながらアシュリーは高温の炎を細長い螺旋状にして俺へと放つ。炎の槍とか炎のドリル(?)とか、そんな感じだ。
勝利を確信した顔で魔法を放ったアシュリーだったが……次の瞬間、それは絶望の表情へと変わる。俺の”防御”魔法にはじかれてしまったからだ。
「なん……だと?」
「何故?」
まるでアシュリーと息を合わせたかのように、後ろの方からソフィアの声が聞こえて来た。
「どうしてクウヤが魔法を使えるの!?」
ええと……今さらその質問ですか、ソフィアさん?
もしかして先ほどまでの行動は、単に俺が”弱い”から護ってやろうとしてただけなのかな?
『クウヤは”力”を手に入れたのだ。』
俺に代わってヴィーがソフィアに事情を説明してくれるようだ。
「”力”?」
『勇者の”力”と”器”は本来一対のものだ。それが今までクウヤとカイト、別々の体に宿っていた。
だからクウヤは己の中にある”器”をカイトへと譲り渡すためにその命を犠牲にすることすら考えたのだ。
どちらか一方の命が尽きれば”力”と”器”は正しくひとつになる、そのためにな。』
「……あっ!」
どうやらソフィアも理解したらしい。少しだけ恥ずかしさがこもったような声を上げる。
『そう、今のクウヤは元々持っていた”器”とカイトから譲り受けた”力”、その両方を兼ね備えているのだ。
つまりクウヤは”最初の勇者”の出現から6000年を経て再び現れた、”完全なる”勇者なのだよ。』
まあ、そういう事だ。
海斗の死によってアイツの中にあった勇者の”力”が俺に宿ったのだ。だから加護持ちにも負けない強さを持ち、魔法も使える。
尤も、正直まだ上手く使いこなせるわけでもない。
勇者の”力”と一緒に海斗の記憶の一部も譲り受けたおかげで使い方は何とか解るが、それでもまだ不慣れな点が多いのだ。これだけのぶっ飛んだ力を上手く加減することすらままならない。
なので……攻撃魔法だけはしばらく使わない方が良さそうだ。世界を滅ぼすようなマネはしたくはないからな。
「何故お前が魔法を使えるのだ?加護も持たぬお前が?」
残念ながらアシュリーにはヴィーの話が聞こえなかったようだ。
ヴィーの場合は”声”ではなく”思念”を相手に送ることで会話を行っている。多分、今回はその”思念”を送る対象にアシュリーを含めなかったのだろう。
尤も、聞こえたところでどこまで理解出来るかは分からないが。
「海斗がね、俺に力を遺していってくれたんだよ。」
と言うことで、俺はいろいろ端折ってそれだけを口にした。
「だからお前では俺に勝てない。あきらめて皇都へ帰れ。」
「勇者が力を遺していっただと?お前に?……そんな馬鹿な話があってたまるか!私は認めんぞ!」
俺の言葉を聞いたアシュリーはそう叫ぶと持っていた”聖剣だったもの”を投げ捨て、そして殴りかかって来た。今度は肉弾戦か。
アシュリーは素性に相応しく一見上品な優男にも見えるが、その格闘の実力は『闘皇』ロドニーにも劣らない。いや、ハッキリ言ってロドニーより上だろう。
だが……それでも勇者の力を手にした俺の敵ではなかった。
素早く繰り出される拳も鋭い蹴りも、残念ながら俺には通用しない。全て軽くいなして終わりだ。しかも、俺は防御するだけで特に反撃はしなかった。まあ死にはしないだろうが、加減出来ない状態で手を出すのはちょっと危ないからな。
そんな俺の戦い方はアシュリーにとって酷く屈辱的なものだったようだ。手を抜かれている……その事実が彼のプライドを大きく傷つける。
「貴様!貴様!貴様ー!」
もはやアシュリーは完全に冷静さを失っていた。リミッターが外れた感じだ。
「おい、アシュリー、止めろ!それ以上やると……。」
そんなアシュリーを見て、俺は不安を感じた。
頭のネジが飛ぶのは、まあいい。だが、能力のリミッターを外すのはヤバいんじゃないか?
何せ『英雄』の能力は……。
「ぐふっ……。」
俺に拳を出そうとした時、アシュリーは不意に苦しみの声を上げながらその場に崩れ落ちた。
ほら見ろ、言わんこっちゃない。
『英雄』の加護を持つ者には、敵の強さに合わせて自分自身も成長すると言う特殊な能力が与えられる。
普通の敵が相手ならそれは便利なチート能力で済むのだが、勇者のように桁外れの力を持つ者を相手にする場合は話が変わって来る。むしろ、地雷にすらなってしまうのだ。
いくら神から加護を授かっているとは言え、その強化可能なレベルには限界がある。それを超える無理な成長は逆に能力の低下すら招いてしまう可能性があった。
普段勇者と手合わせする場合は無意識のうちにブレーキがかかり能力を無効化してしまうのだが、今のアシュリーは完全にタガが外れた状態だ。おそらくかかるはずのブレーキがかからず、能力がオーバーフローしてしまったに違いない。
こうなるともはやアシュリーに戦う力など残っていない。
別に”神の加護”が無くなるというわけではないのだが、今まで鍛え上げえて来たものは全て失われてしまうはずだ。勇者によって底上げされた力も含めて……。
「なあ、アシュリー。もういいだろ?これ以上、俺達が争い合うのは止めにしないか?」




