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38 真打登場

「明け方近く、アイツは天に召されたよ。穏やかな、良い顔をしてさ。」

 俺の言葉にその場の時間が停まる。

 誰もが想定すらしていなかったその言葉は、皆を驚かせる以前に戸惑わせてしまったのだ。

 だが、やがてその意味を理解することにより再び時間が流れ出した。

「まさか……そんな。嘘でしょ、クウヤ?」

 ソフィアは呆然としながら、それでもなんとか声を絞り出す。

「本当だよ、ソフィア。」

 俺は出来る限りの優しい声でソフィアに語り掛けた。

「君にはいろいろ世話になったって感謝してたよ。俺からも礼を言わせてくれ。ありがとう。」

 その言葉にソフィアは泣き崩れる。

 それを見るクローデイアの目にも薄っすらと涙が浮かんでいた。あのロドニーですら目元を赤くしている。そしてハロルドは……まあいい。

「そうか……勇者は死んだか。」

 心なしかアシュリーの声もトーンダウンしているようだった。

 そう、勇者・海斗は死んだ。だが、これで終わりではないはずだ。

「聞きましたか、アシュリー殿。既に勇者様は亡くなられました。これで満足でしょう?」

 もう用はないはずだ、騎士たちを連れて去れ。クローデイアの言葉にはそんな思いが感じ取れた。

「そうはいかんな。」

 それでも、やはりアシュリーに引く気はないようだ。

「そんな奴の言葉を鵜呑みにするほど私は愚かではない。それに勇者を倒す以外にも、私には目的があるのでね。」

「他の……目的?」

 アシュリーの言葉はクローデイアを困惑させる。まあ、いきなりそんなことを言われれば戸惑うのも無理はない。

 だが、俺にとっては予想通りだ。どうやらここからは俺の出番のようだな。

「ついでに俺のことも始末するつもりなんだろ、アシュリー?」

 俺の言葉にクローデイアは眉をひそめる。何言ってんだ、コイツ?といった感じかな。

 他の皆も同じような反応だったが、アシュリーだけは違った。その顔には酷薄な笑みが浮かび、面白そうに俺を見る。

「ほう、気付いていたか。それを承知の上で尚、逃げずにいることだけは誉めてやる。」

「……クウヤを始末する?一体、何を言っているのです?」

 もはやクローデイア達は戸惑いを通り越して混乱状態にあった。

「皇国にとって俺は邪魔なのさ。何しろ、勇者が死んだことを知ってるんだからな。」

 俺はクローデイア達に向けてそう話し始めたが、その間もアシュリーから目を離すことはない。

「皇国はこの世界の盟主であろうとしている。対魔物連合軍を自分達の指揮下に置くことでね。

 けど、他の国々はあくまでも勇者に付き従っているのであって、皇国の配下になるつもりなんかないのさ。

 つまり皇国にとって勇者というのは、自分達が盟主であるために必要不可欠な存在ってことになる。」

「それなら何故、勇者を害しようとするのです?それでは自分の首を絞めるようなものではないですか?」

「勇者というやつは君達”神の加護”持ちをレベルアップさせるのに欠かせない存在だが、それが済んでしまえば別にもういなくてもいいんだ。加護持ちだけで十分魔王を倒せるらしいからな。

 だから、別に本物を用意する必要はないんだよ。それ相応に強い力を持った”勇者”を名乗る者がいればそれでいいのさ。

 幸い勇者を各国に顔見せするのは連合軍結成式典の時だし、それまでは保安上の理由ってことで隠し通しているからその間に入れ替わったところで誰も気づかない。黙ってさえいればな。」

 俺が何を言おうとしているのか、クローデイア達は理解したようだった。

「つまり皇国は、偽の”勇者”を立てるために秘密を知る貴方まで殺そうとしている……という訳ですね。」

 正解だ。まあ、ここまで言えば誰でも分かるだろうけどな。

 俺が話し終えた後も、アシュリーは無言のままだ。

 てっきり嫌味ったらしい笑顔を浮かべながら「素晴らしい」とか言って拍手でもしてくれるのかと思っていたので、その反応はちょっと意外だった。

「そこまで気付いていたとは……やはりお前は危険だな。勇者よりも先に、まずお前を殺しておくべきだったようだ。」

 随分と高く評価してくれてるようだが、正直お前に言われても嬉しくはない。と言うか、これくらいのこと海斗なら俺より早く見抜いていたはずだ。

「それで?お前達はどうするつもりなのだ?」

 次にアシュリーはクローデイア達に向かって問い掛ける。

「もし皇国への忠誠心があるのなら今すぐその男を殺せ。そうすればお前達の身は私が保障しよう。だが、歯向かうというのであれば……。」

 アシュリーはすらりと腰の剣を抜きながら言った。

「この場で死んでもらうことになる。」

 アシュリーの殺気にクローデイア達は思わず身構えた。ソフィアも目を真っ赤に晴らしたまま、それでも俺を護ろうとするかのように前へ出る。

「まさか、我々4人を相手に戦おうというのですか?

 いくら『英雄』の加護を持っているとは言え、それは少々傲りが過ぎるというものですよ。」

 『英雄』というのは”神の加護”の中でも特殊なものだった。元々の加護持ちとしての高い能力に加え、相手の力に合わせて成長するといった特性を持っている。つまり敵が強ければ強いだけ、自分はさらにその上の力を得るという反則的な能力だ。

 まあ、さすがに勇者のようなぶっ飛んだ力の持ち主相手にはその能力も追いつかず無効化されてしまうのだけれど、それでも加護持ちの中では断トツに最強の存在であるのは確かだ。

 しかし、ひとりで4人もの加護持ちを相手にするだけの力があるかと言えば、ちょっと難しい。そこまでの差があるわけでもないのだ。30人ほどの騎士を加えたとしても、まだ分は悪いだろう。

 クローデイアとしてはそう計算したのだろうが、残念ながらそれは前提が間違っている。おそらくアシュリーはまだ隠し玉を持っているはずだ。

 そして、俺のその予想は的中する。

「何を言っている、お前達のどこが”4人”だと言うのだ?」

 そう言って笑うアシュリーの隣には……いつの間にかハロルドが立っていた。

 やっぱりな。ハロルドは皇国側についた。

 ハロルドが最初から秘密を知っていたのかどうか、それは分からない。だが親も、そして自身もセリオス教の聖職者である彼としては、どのみちアシュリーに従うしかないのだ。

「さあ、どうする?これでもまだそんな奴の味方をするつもりか?」

 形勢が一気に変わってしまい、クローデイアとロドニーは目に見えて動揺していた。

 今さら態度を変えてアシュリーに従ったところで、おそらく許されはしないだろう。彼はそれほど甘い男ではない。いかに加護持ちであろうと自分に逆らった者に容赦はしない、そんな人間だった。

 そんな風に追い詰められた2人とは対照的に、ソフィアだけはいまだ全身に闘気をみなぎらせていた。

 俺を護ろうとしてくれているのだろう。それが嬉しいやら照れるやらで、こんな状況にもかかわらず俺は少しだけニヤついてしまった。

 別にそれが気に障ったわけでもないだろうが、やはりアシュリーは俺達を皆殺しにすると決めたようだ。声を上げ、騎士たちに向かって命令を下す。

「こいつらは私とハロルドで相手をする。お前達はあのドラゴンを始末しろ。」

 ああ、そういえばヴィーもいたんだった。妙に大人しいのですっかり忘れてた。

『愚かなことを……。』

 そう呟くヴィーの声からすると、怒っているのではなく呆れているみたいだ。

 そして、ちらりと俺の方を見る。

 あー、はいはい。分かってますよ。俺としても、もうこんな茶番に付き合わされるのは面倒になって来た。ソフィアが無茶し出す前にさっさと片をつけるとするか。

 という訳で、俺はゆっくりとアシュリーに向かって歩き出す。

「クウヤ!」

 それを見て驚いたソフィアは俺を引き止めようとしたが、ヴィーによって制止される。

『心配することはない。あんな連中ごとき、クウヤの敵にもならん。』

 んー、そう簡単にいくかどうかは疑問だな。何しろ、まだ”慣れて”いないのだから。だが、負ける気がしないのも確かだ。まあ、何とかなるさ。

 アシュリーは、そんな風に妙な余裕を見せながら近付いて来る俺を見て少し戸惑っているようだった。

 そして彼はその戸惑いが怒りに変わるような、そんな言葉を俺に浴びせられることになる。

「アシュリー。悪いことは言わないから、今すぐ兵を引いて皇都へ帰れ。」

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