37 まだ終りじゃなかった
「最後は静かに眠るようにして息を引き取った。
まあいろいろ思うところはあるけど、それでも決して悪い人生じゃなかったに違いない。ヴィーやソフィアとも出会えたんだからな。
アイツに代わって礼を言うよ。ありがとう。」
俺の言葉を聞いたヴィーは目を閉じ天を仰ぐ。
『長く生きると言うことは、時として辛いことでもあるな。こうして親しき者を見送らねばならぬのだから……。』
ジルベールが死んだときも、ヴィーは同じように思ったのだろうか?
いや、ジルベールだけではないかもしれない。何しろ6000年以上も生き続けているのだ。きっと多くの別れを経験して来ているのだろう。
『それにしても、ソフィアは最後の場に立ち会えず残念だったな。』
「ああ、そうだな。戻ってきたら慰めてやらないと。」
彼女がこの場にいないのも、それは海斗のためを思ってのことだ。もし皇国から命を受けても海斗を狙ったりしないようクローデイア達を説得しに行っている。
だが例えそうであれ、海斗の最後に立ち会えなかったとなればかなりショックを受けるはずだ。薄情な人間だと自分を責めるに違いない。
「アイツは真面目過ぎるからな。まあ、そこが良いとこでもあるんだけど。」
そんなことを口にする俺がどうやら無理をしているように見えたのだろう。ヴィーは心配そうに声を掛けてくる。
『他人のことより、お前は大丈夫なのか?』
「まあ正直、大丈夫だとは言い切れないけど……。」
どうにか取り乱さない程度の平静を保ってはいるが、それでも喪失感から逃れることは出来ないでいる。例え今も海斗が俺を護ってくれているとしてもだ。
しかし、ここで気を抜くわけにもいかない。
「まだ全部が終わったわけじゃないしな。しんみりするのは、それを片付けてからにするさ。」
間違いなく皇国はここへ攻めてくる。既に海斗は死んでしまっているが、そんなことにかかわらずだ。
その際、クローデイア達がどう出るかは正直言って分からない。ひょっとしたら俺達の味方になってくれる、その可能性もないことはないな。
だがもし仮にそうなったとしても、それでも皇国を止めることは出来ないだろう。連中には他にもまだやるべきことがあるのだから……。
『クウヤ!』
唐突にヴィーが俺の名を呼んだ。と同時に体を起こし、首を回してハウテルンの方向を睨み付ける。
「ああ、わかってる。思ったより早かったな。」
既に俺もヴィーと同じものを探知していた。
どうやら、小屋から少し離れた場所にかなりの人数が転移して来たみたいだ。
「”神の加護”加護持ちが1人。それと、兵士が30人ほどか……この感じは”精霊の加護”を持った騎士ってとこだな」
その中には”神の加護”持ちがひとりいたが、勿論ソフィアではない。クローデイア達でもなさそうだ。
彼女たちはどうなった?と少し慌てかけたその時、小屋の近くへとまたしても転移して来る者達がいた。
ソフィアだ。クローデイア達もいる。
「クウヤ!今すぐ逃げて!」
そう叫びながらソフィアが駆け寄って来る。その表情はかなり追い詰められたような感じだ。
「皇国が動き出したのよ!だから早く!」
「まあ、落ち着けよ。先ずは状況を説明してくれ。第一、連中ならもう来てるぞ。」
「そんな……。」
俺の言葉にソフィアは愕然とする。いかん、落ち着かせるつもりが逆に驚かせてしまったようだ。
「すみません、クウヤ。我々が迂闊でした。」
言葉を失い黙り込むソフィアに代わり、クローデイアが口を開く。
「ソフィアから話を聞いた時には、既に勇者様の件を皇都へと連絡済だったのです。
実のところ彼女の話もにわかには信じられませんでしたが……今朝になって皇都から連絡があったのです。
勇者様を害するための作戦に参加せよと。」
そう語るクローデイアの表情は苦渋に満ちていた。己の正義と皇国からの命令、その葛藤が彼女を苦しめているのだろう。
「今すぐにソフィアと共に勇者様をお連れして逃げるのです。我々に勇者様と戦うような真似をさせないでください。」
「ありがとう、クローデイア。でも……もうその必要は無いんだよ。」
クローデイアは俺の言葉の意味を計りかねているようだった。そして、その意図を正そうと口を開きかけたその時。
「何をしているのだ、クローデイア。」
皇国の軍勢が姿を現し、その先頭に立つひとりの男が声を上げる。
「我等に付き従うよう命令が出ているはずだぞ?なのに何故こんな奴と一緒にいる?」
こんな奴、か。
一緒に旅をしている頃から俺のことを見下してはいたようだが、それでもあからさまに蔑むようなマネはしなかった。いちおう、勇者の兄弟だからな。
それが、勇者への気遣い不要となった途端にこれだ。ホント、分かりやすいヤツだよ。
「久しぶりに会ったと言うのに、その言い方はないんじゃないか?アシュリー?」
「貴様ごときに気安く名を呼ばれる筋合いはない。身の程を知れ、愚か者め。」
彼の名はアシュリー・ウインウー・クレスタ。皇国の最上位貴族のひとつクレスタ公爵家の跡取りで、『英雄』の加護を持つ男だ。
ちなみに、この世界の貴族制は元世界とはちょっと違うのだが、まあ最上位ということなので分かりやすく”公爵”ということにしておく。
で、そのクレスタ公爵家は前述の通り最上位の貴族であり、皇国を統治する側の人間だ。という事は機密情報を知る立場にあるという事。
おそらく勇者召喚の秘密については前々から知っていたに違いない。
そんなヤツが軍を率いてやってきたのだ。そう簡単には見逃してもらえるないだろうな。
尤も、俺にしたところで逃げるつもりなどこれっぽちも無いのだが。
「アシュリー殿、本気で勇者様を害するおつもりですか?何故そのようなことをしなければならいのです?」
クローデイアがアシュリーに問い掛ける。彼女の中まだ迷いがあるのだろう。それが声に表れていた。
「世界のためだ。勇者には強大な力がある。この世界を滅ぼすに足る力がな。
そんな勇者が病に侵され自暴自棄になってしまったらどうなる?この世界を道連れにしようと考えたらどうする?
勇者とて心は他の人間と変わらんのだ。死を前にしてその恐怖に負けたとしても何ら不思議は無いのだよ。
故に我等はこの世界を護るため、その禍根を絶たねばならないのだ。」
無茶苦茶な言い分だな。まるで勇者が死ぬ時は必ず世界を道連れにすると決まっているみたいじゃないか。それに、そもそも病に掛かると必ず死ぬということが前提になっている。
まあ、こんな支離滅裂な話でも皇国に忠誠を誓う者であれば盲目的に従ってしまうのかもしれないが、今は少し状況が違う。
「……その病が、皇国によって仕組まれたものであるにもかかわらずですか?」
クローデイアの言葉にアシュリーの動きが止まる。そして彼は俺達の顔を順番に見渡した後、再び口を開いた。
「……そうか、知っているのか、それを。
その通り、全ては我が皇国とセリオス教によって意図されたこと。
既に召喚された時点で決められているのだ。勇者が病に倒れることも、それにより命を落とすこともな。」
アシュリーがあっさり認めたのは正直意外だった。少しはとぼけて見せるかと思ったのだが……もはや取り繕う気もないらしい。
「だとしたらどうする?皇国に楯突こうとでも言うのか?」
こうなってもまだ、アシュリーの言葉は高圧的だった。自分に歯向かう者などいないと思っているのか、それとも俺達など歯牙にもかけていないのか。
まあ、コイツが何を考えていようと関係無い。俺が考えるべきはソフィアを護る事、それだけだった。
「ひとり盛り上がってるとこすまないが……海斗はもうこの世にはいないぞ。」




