01 さよならの宣告
「君にはパーティーから外れてもらいたい。」
そう言われた時は、いよいよ来たかという感じだった。何せ俺は役立たずなのだから。
知能や身体能力は人並み(と自分では思っている)で特に秀でた能力も無い。
そんな人間では勇者様御一行の足手まといになるだけだろう。
そう、”パーティー”というのは何と勇者の冒険パーティーなのだ。
つまりここは日本ではない。それどころか地球上の何処でもない。雑な言い方で申し訳ないが、いわゆる異世界というヤツだ。
俺の名前は藤沢空也。つい2年ほど前までは日本で高校生をやってました。
それがある日、何の因果か「勇者召喚」によってこの世界に呼び出されてしまったのだ。
まあ呼び出した側には差し迫った事情があったわけだが、こちらにしてみればたまったものではない。ただの拉致だ。
その点について厳重に抗議……したいところだが、何せ最初は状況が全く理解出来ていなかった。
下校途中にめまいがして倒れたかと思えば、目が覚めた時には既に何処か分からない場所に横たわっていたのだ。
周りの人間が何か慌てたような声を上げていたが、勿論言葉など解らない。俺はパニックになる以前に、ただ呆然としてしまった。
やがて白いローブを身にまとったひとりの男が近付いて来て俺に手を差し伸べてくる。
何が何だか解らないままその手につかまろうとした時、いきなり相手の思考が頭の中に流れ込んで来た。
そりゃあビックリするだろう。
後でそれが”伝心”という魔法だと判ったが、その時はそんなこと知るはずもないのだから。
しかし、そのおかげで何とかコミュニケーションを取ることが出来た。
とは言え”伝心”は頭の中のイメージを相手に伝えるものでしかない。そしてイメージとはその者の持つ概念によって変わる。
日本人である俺と異世界人では、必ずしもそれが一致するわけではない。と言うか不一致だらけである。
なので最初はそれこそカタコト同士で会話しているようなものだったが、それでも全く話が通じないより何倍もマシだ。
どうやら衣食住は面倒見てもらえるようなのでそこはひと安心。
だが、状況の説明はさすがに複雑すぎてその時は理解出来なかった。
その後、喫緊の課題としてまず言葉を習った。現状では状況確認も出来ないし、向こうも何か伝えたいようだがそれも不可能な状態だったからだ。
追い詰められた人間と言うのは凄いものである。
学校生活において英語は常に赤点ギリギリでしかなかった俺ですら、カタコトではあるもののひと月ほどで日常会話が出来るようになったのだ。
3か月ほどかけて何とか難しい単語も覚え、やっと自分がこの異世界に召喚されて来たのだと説明を受けたのだが、その頃には既におおよその状況は理解していた。
それはそうだろう。さすがに3ヶ月も暮らしていればここが元の世界とは全くの別物であることくらい分る。
で、やっと正式に文句を言える出来る状態になったわけだが……ある程度ここの生活に慣れてしまっていたせいか、あまり強く抗議する気にもなれなかった。
しかし、これだけは確認しておかなければならないことがある。
それは元の世界に戻れるのか?と言うことだ。
その答えは何とも曖昧だった。
あるにはあるものの、それは決して簡単ではない。少なくとも我々には不可能だ。そう言われた。
勝手に呼び出しておいてそれはないだろうとは思ったが、ゴネていても仕方ない。
とりあえず戻る手段があるのならそれを聞き出さなければ。
そう思い問い掛けると相手はこう答えた。
「勇者としての責務を果たした時、戻りの道は開かれるだろう」と。
何と俺は”勇者”としてこの世界に召喚されたのだ。……いや、そのはずだった。
だが、俺は”ハズレ”だ。
実は召喚されたのは俺だけではなかった。他にもうひとりいた。
最初、皆が慌てていたのもそのせいである。まさか2人も召喚されるとは思っていなかったのだ。
そして、そのもうひとりが”アタリ”である。そいつこそが真の勇者だった。
勇者の名は藤沢海斗。俺の双子の弟だ。
俺達は2人で下校中に召喚されてしまった。
いや、正確に言うと召喚されたのは海斗のほうで、俺はそれに巻き込まれただけだったのだ。
召喚した連中にとって俺は勇者のオマケ、いやオマケですらない単なる厄介者でしかなかった。
それでもさすがにそのまま放り出されるようなことはなかった。もしそんなことをされたら路頭に迷って野垂れ死にするしかないところだった。
尤も、それは親切心などではなく勇者の兄だからというのが理由だろう。拉致まがいの真似をするような連中に温情など期待する方が間違っている。
俺を見捨てて勇者にヘソを曲げられてはたまらない、そう言った計算あってのことだと思う。
まあ、とりあえず野垂れ死にルートは回避できた。後は当面どうやって生活してゆくかだ。
俺がそんな現実的なことを考えている間、勇者・海斗は凄まじいスピードで剣や魔法の技を習得していった。
いまさらながらだが、この世界には魔法というものがあった。勿論、お約束のように魔物もいる。
そして、勇者の責務とはそれら魔物の脅威から人間を護ることなのだ。
そう告げられた時は「はあ、そうですか」と言う感じだった。それ以外何があるというのか?と言うのが正直な感想である。まあ、口には出さなかったが。
召喚されて1年ほど経った頃、勇者はパーティーを引き連れて修行の旅に出ることになった。
だがそれは勇者のためではない。その時点で既に勇者は勇者としてほぼ完全体になっていたと言ってもい良い。
では何故旅に出るかと言えば、それはパーティー・メンバーを鍛えるためである。
勇者には共に魔物と闘うため神の加護を受けた仲間が付き従うものとされていた。そんな彼等を連れて旅に出ることになったのだ。
そして……何故かその中に俺もいた。
勿論、俺には何の加護も無いし特別な能力も無い。
ただ海斗が、いや勇者がそれを望んだからというだけで俺も旅に同行することになった。
『英雄』とか『剣聖』とか『魔導王』とか、何やら仰々しい加護を持った連中に交じって凡人の俺が一緒に旅をするわけである。
最初は良い。使い走りくらいなら出来るし、俺程度でも何とか付いて行ける旅だった。
だが旅を始めて1年が経ち、皆が勇者パーティーに相応しい実力を身に着けた頃、旅は次の段階に入ることになった。より実戦的で、より危険な旅にだ。
そうなると俺の存在は単なるお荷物でしかない。
皆にも他人を護りながら闘う余裕はなくなるだろうから、ヘタすれば俺は命を落とすことになるかもしれない。いや、かなりの確率でそうなると思う。
そこで冒頭の台詞である。足手まといは連れていけない、そう言うことなのだ。
まあ、多少は俺のことを心配して言ってくれてもいるのだろう。
それに、功労金という名目の手切れ金もたっぷり貰えたので当分は食っていけそうだ。
なので、感謝こそすれ恨むつもりなどこれっぽちもない。
そんなわけで俺は彼等と笑って別れた。
だが……ひとつだけ、どうしても理解に苦しむことがあった。
俺の隣でニコニコ笑っているコイツのことである。
「なんでお前まで一緒にパーティー抜けてんだよ!海斗!」