09 王女に剣を借りよう! うなれヴォイド・パルス
「それでしたら、プリムローゼ王女様にご相談なさるのはいかがでしょう?」
火竜退治とやら。戦うにしろ様子を見るにしろ準備がいる。食事を終え宿でエルミナと話す。
ずっと銅の剣(仮)を使ってるのが気になったので、どこかにいい武器はないかと聞くと意外な答えが返ってきた。なるほど。
「そうか、あの王女様に聞けばいいのか!」
神職のエルミナ以上に"姫騎士"プリムローゼはその手のことに詳しいだろう。会わせてもらえない可能性も大いにあるがそこはそれ。あらためて街の店でも見ればいい。
エルミナは買い出しや聖堂に用があるそうなので、別行動をすることにした。
王城に行くと予想外にすんなり話が通った。近衛の騎士の自分を見る目の色が違う。どうやら昨日の王女との試合で顔が知られたらしい。
さてはウワサになってしまったか! ……華麗に勝ったのとカエルのごとき負けっぷりのどっちでだろう。
案内された執務室に来ると、非礼にならないようノックをしてゆっくりと扉を開けた。
「ユウリです。失礼いたしま――」
「《絶光の棘突》!!」
「うわぉっ!?」
身じろぎする間もなく、カッ! と音を立ててベルトのバックルに何かが突き立った。――羽ペンだ。
ものすごく失礼だ!
王女は他人を攻撃するのが趣味なのか?
「あら……おかしいですわね。わたくし、貴方には千里眼のような力があるのかと思ったのですけれど。――いらっしゃい。今日はおひとりですのね」
悪びれもせず、造りのよい執務室で座ったまま頬に指を当てて姫騎士ことプリムローゼが言う。
ただの羽ペンを手先だけの投擲で金属のバックルに突き刺したのは、まちがいなくこの第三王女だろう。
「歓迎されてますかね、これ? こんにちは、王女様。バックルで止まらないとインクが入れ墨になったのでは……」
――千里眼。つまりは『未来が見えるのではないか?』と。直に剣を交わすとそこまでわかるのか。
王族の聡明さに背すじにひんやりしたものを感じつつ、どうにか話を変える。
「加減はしましてよ。それに光栄ではなくて? このわたくしに生涯残る疵を残されるなんて」
椅子から立ち上がって近づくと左手でスカートのすそを持って身をかがめ、右手で羽ペンを引き抜く。
「それとも、貴方が消えない痕をつけてくださるのかしら? 女神アウラーラの勇者様。わたくしのことはプリムローゼでよろしくてよ」
そのまま蠱惑的な目で見あげて言う。窓からの光を反射し不規則に輝く印象的な瞳。視界に入る胸もとの谷間を強調したドレスといい、計算しつくされたしぐさだ。
おいやめて。この前は気にする余裕なかったけど王女様めちゃくちゃ美人なんだよ。変な気になったらどうするんだ。
うっかり手を出そうとでもしたら、あのライオンみたいな国王に簀きにされてしまう。
「んっ、んぅ。お戯れはごかんべんを。プリムローゼ姫」
「――ふぅん、あちらはお強いのに意外と意気地なしですのね。わたくしは貴方に興味があるのだけれど。まあいいわ。それでなんのご用かしら? ディナーのお誘いではなさそうね」
あちらとは剣! 剣技! 歌うように伸びやかな声で堂々と話す王女はどこまでが本気かわからない。
ようやく主題に入り、武器を探してると伝える。姫騎士なら武器屋の情報なりよい知恵を持ってるのでないか。
「そんなことかと思いましたわ。貴方の剣、ずいぶん粗末なつくりでしたし。それでしたら――メイド長、あれを持ってきて」
そばにひかえる侍女を呼ぶと、何ごとか声をかけた。メイドは一度部屋を出ると、ほどなくして重さのありそうな筒状のなにかを手に戻って来た。
覆いになった紫の布を取りさると、どこかの騎士の物のような立派な剣が現れる。
「由来は存じませんけれど、わたくしに試合を挑んで負けたとある貴族から奪ったものよ。それが一番いい剣ですわ。使われてはいかが?」
口調からすると手元にあるのは一本や二本ではなさそうだ。弁慶かよ!
この王女の異名のひとつに"千剣の魔女"というのがあるとも聞いたけど、まさかね。ツッコミたい気持ちは胸に秘めて、ありがたく受けとることにする。
――ちなみに父王ロードレオの二つ名は"片目の獅子王"だそう。納得。
「すごい……」
慎重に手にして鞘から引き抜くと惚れぼれするような輝きの刀身だ。なんの金属なのか、ほのかに青光りしてすら見える。
あまりに良い品なので対価がいるか聞いてみたが――。
「別によろしいですけど。――そうね。それじゃあ、貸してさしあげることにしますからちゃんと持って帰ってらっしゃい。死体にならずにね」
エンシェントブロウのところへ行くのでしょう、と王女。
どうやら激励らしい。その後いくつか言葉を交わすと、今度こそ感謝をこめて一礼して部屋を後にした。退室のときも上品な香水のよい匂いがした。
***
宿に戻ると、エルミナはまだ帰ってないようだった。
さっそく新しい剣を取り出してベッドの上でニマニマと眺める。うーむ。素晴らしい光沢だ。竜の鱗に効くかはわからないから注意しろと言われたが――。
「かっこいいなぁ」
男の子は武器でテンションがあがるんです。
柄や鞘にも華美になりすぎない飾りがあり、見た目と実用性をみごとに両立させている。
元の持ち主、すまん。使わせてもらう。なんでもプリムローゼ王女に結婚を申しこんだら戦って勝てと言われたんだって。ははは……。
「あの王女に素で勝てるならデートのひとつも応じてくれるかもしれないけど」
チートスキルの『ロード』で戦った自分は論外。はたしてそんな人間がいるものか。
これまでの剣は磨いてしまっておく。王女にも粗野と言われたし、魔法の武器ではなかったようだ。やたらと手になじむ剣だったけど、こんなにボロボロになるまで誰が使ったんだろう。
愛刀には名前をつけよう! なにがいいかな。魔剣。魔剣っぽいからそれがいい。
そうすると――。虚空の鼓動、ヴォイド・パルスなんてどうだ。おお、なかなかじゃない?
うなれ魔剣、ヴォイド・パルス!! うおー。ブンブン。
「ただいま戻りました。まあ、兄さま。よい剣が見つかったのですね」
ドア口から声をかけられ、ピタリと動きをとめ固まる。
半日離れていただけであらためてびっくりするほど綺麗な少女。女神に愛された娘が立っていた。
「あ、ああ。おかえり、エルミナ……」
プリムローゼ王女が借してくれたと告げて、愛剣ヴォイド・パルスをそっと鞘にしまった。
刃物を部屋で振るのはやめましょう。
「市場においしそうな果物がならんでたので、いくつか買ってきてみました。デザートにいかがでしょう。兄さまのお好きなもの、教えてくださいね」
形のよい指先でテーブルのお皿にサクランボや杏、プラムなどを並べてくれる。
新しい剣で遊んでる場合じゃなかった。もう今すぐいっしょになってほしい。
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