08 ローランド国王に謁見。エルミナとおいしいパスタ
「よくぞ来た、女神の勇者! そして聖女エルミナよ。余がローランドの国王、ロードレオである」
そして翌日。細工と絵画に飾られた内装に圧倒される城内を進み、衛兵の守る扉を開くと壮年の男が玉座の前に仁王立ちで告げた。
「ハ……ッ。は……?」
「ご多忙のおり、お目通りいただき感謝いたします。聖堂の神官、聖女エルミナです」
「ユウリ――勇者です」
あわせて礼をする。
目の前のが王……だよな? ファーのついた長いマント、カールヘアの頭に金の王冠。
しかしその下のキラキラした礼服は妙に肌の露出が多く、見えてる筋肉の量が半端ない。眼帯で片目を覆い、歴戦の戦士のように肌にも古い疵痕がいくつもあった。
なんで立ってるの? 王様ってどっしり座ってるものでは?
「その方、わが娘プリムローゼに模擬試合で勝ったとのこと。にわかには信じがたいが――ギュスターヴや騎士達も間違いないと証言しておる。たいしたものだ」
太い指を顎に当て、思案げにあらぬ方向を見る。野獣のようなまなざしといい、衛兵よりよほど強そうだ。
あの姫騎士の娘にしてこの父ありと思えば自然なのか。
「手形を出し、そなたたちの城下での活動を助力いたそう。ついては、その腕を見込んでひとつ頼みがある。かなえばこの先の支援と褒美も約束するがどうか?」
「ハハッ、ありがとうございます」
顔を伏せたままだといまいち内容が頭に入らない。
返事はこんな感じでいいのかしら? 王室の作法がわからず雰囲気でやり取りをする。
なにか頼まれたような気がするが、助けてくれるならラッキーだ。
「よし。ならば――東の地にて相次ぐ魔物の被害に困りし民がおる。勇者ユーリよ。汝に命ずる。――火の山に住む火竜、エンシェントブロウを退治して参れ!!」
「ハハー――! ……は?」
***
かりゅう。竜を倒せって言った?
姫騎士との試合のショックを引きずっていた折にそんなことを言われ、気づくと城を出て宿屋兼食事どころの1階でエルミナとパスタを食べていた。パスタは手形で無料になった。
「この辺りの名物なんだそうです。おいしいですね、兄さま。ここのお食事」
平打ちの麺にたっぷりの貝がからんだ塩味で、香味野菜がアクセントに利いている。
美味いなこれ――。炙りソーセージにチーズのメニューもあったぞ。次はあっちもいいな。もしかしてこれから食べ放題? やだ太っちゃう。
あれ? そんな場合じゃないような。
「エルミナ、えっと、さっきの王様のあれだけど……。この国には、竜って呼ばれるちっちゃい何かとかいるの? マングースとかコウモリがそう呼ばれてたり」
ぼんやりと聖女様にたずねる。大発生したら大変だもんね。農作物の被害とか。
「竜は竜ですよ? 火竜エンシェントブロウというと、大書庫の書物でも読んだことがあります。伝説にうたわれる神に近い一体。古竜の中では比較的若く、最近になって東の山にすみかを移し近隣の人々が困っていると聞きます」
兄さまのお力を見せるときですね! とニコニコと言う。
「でんせつのかりゅう」
「はい」
「空を飛んで灼熱の炎を吐く、巨きな体のあの竜?」
「はい」
それを剣一本で倒す? 誰の力を見せるって?
「待って。いろいろ無理がある」
「兄さまならできますよ」
迷いなく言い切ったよこの子! なんで?
「だって、女神様に選ばれた勇者になられたのですから。アウラーラ様のなさることに間違いはありません」
おお、そういう意味……。この少女は本当に聖女様なんだ。
女神の言葉は絶対だから、神がつかわした勇者の俺ができないわけがないと。
聞くと創世神であるアウラーラの聖職者は見習いの修道士から始まり、信心に厚い優秀なものが聖杖をたまわり神官となるという。
そこからさらに選ばれたのが女神や天使の声を聞ける聖女のエルミナ。司祭は神官や修道士たちをまとめる役割とのこと。
カチャカチャとフォークの音を立てて、香ばしい魚貝パスタの残りをつまむ。
「今度は、ハムの乗ったやつにしようか、エルミナ」
「ええ、いろんなメニューがありますね! とろけるチーズのかかったソーセージもお好きじゃないですか?」
うん、よくわかったね。
ほんのり現実逃避をしながら、りゅうとやらのことについて考えていた。
戦う? 誰が?
***
「――パスタは好きなものを入れて自分で作るのもアリだよね。この辺りで他においしいものはなんだろう?」
あまりに竜のことを意識したくなかったので、話を続けてみたのだけど。
「海に近いのでお魚もいろんな種類がありますが――に、兄さまはご自分でお料理なさるのですか?」
「パスタくらいならだけどね、あはは。ちなみにエルミナは得意な料理とかあるの?」
「ふぇっ?! え、えと。果物が好きなので、切ってお出したりとかなら――。兄さまはその。やっぱりお料理が得意なかたがお好きですか……?」
あれ、この反応は?!
神官衣の長い袖で顔を隠すようにしながら、小声で返事がもどってきた。聞いてはいけないことを聞いたようで急にうろたえてしまっている。
「いやごめん。そういうことじゃないから!」
どうみても尽くすタイプの美少女なのに、誰しも向き不向きがあるみたい。