66 勇者ユーリ、準備はよろしくて? -魔王宮突入-
その後も何度かの敵襲を退け、深い森を抜けた先で――。
俺たち3人はついに目指す魔王の居城を見つけた。
「あれが魔王宮か……」
ときおり小型の魔物が上空を飛んでいるが大型の悪魔の姿はない。日中なのに、不気味で不吉な何かをその建物は孕んでいた。
緊張で喉が渇く。
不用意に近づくわけにはいかず、身隠しのマントを羽織ったままやや離れた小高い丘からじっと偵察をする。
危惧していたそびえ立つ魔城のイメージではなく、開けた地にたたずむそれは宮殿と呼ぶのがふさわしかった。
「思っていたより綺麗な建物ですね。兄さま」
聖女エルミナが声をひそめてつぶやく。草原になびく銀の髪を手で抑えながら身をかがめている。
外周をぐるりと壁に囲まれ、四方に門。広く取られた庭の中央奥に大きな本殿。
正面には丸池とそれぞれの門に通じる、長く伸びた直線の道。王都の建築物でいえば聖堂にも似た壮麗な王宮だ。
「少なくとも魔王には美意識があるんだな」
ここまで来て妙なことに感心してしまう。立ちこめる瘴気をのぞけば十分に美しいと言えた。
「貴重な経験ですわね、ユーリ。今すぐ帰っても大書庫の歴史書の記述が増えるほどの戦果ですわよ」
膝立ちで注視する王女プリムローゼが、本気とも冗談ともとれる口調で言う。
魔王ガスパードは――はたしてあの中にいるのだろうか。
「どう思う? 姫、エルミナ。魔王はいるかな」
「この距離ではわたくしにはなんとも。ただ――宮殿があそこにあるということは敵、つまり人間のことは舐めてますわね」
「というと?」
「この丘でこうして観察できてますでしょう。わたくしならそんなところに居城はつくりません。周囲を見おろす高い地を選んで建てるべきです」
「はは……。まったくだ。”今優位だとしても将来もそうだとは限らない”だっけ? 備えは常にしておくべきだな」
「あら、前にも言いましたかしら。その通りですわ、ユーリ」
ん? 姫に聞いた気がするんだけど、いつ言われたんだっけな。
「エルミナさんはどうです? 魔王がいるかわかりますか」
「……私、わかるかもしれません」
プリムローゼに問われ、聖女エルミナが杖を握りしめた。
「敵意や邪な力を探る、警報――《探知》という奇跡があるのですが、この奇跡の有効範囲は一部屋分くらいです。ふつうはそれより外のことはほとんどわかりません」
そんな便利なものが、と思ったら効果範囲が狭いのか。
「ですが……この距離でも畏ろしさが伝わるのです。それも経験したことのない強さで、です」
「つまりそれが――」
魔王ガスパードではないかというわけか。
「その奇跡は今使えますの? 聖女様」
「もちろんです。けれど、奇跡に対して魔術は解明されてないものが多くて――。すでに魔王宮が視界に入ってるこの状況で使用すると、逆にこちらを察知される可能性もあります」
どうするべきか、とエルミナが俺を見、姫もそれにあわせてこちらに目をやった。
決めるのは自分か。
フゥ、と俺は息を吐くと、エルフの女王にもらった右手の指輪を見る。
ギフトの残り回数を現す光はおぼろげで頼りないが、それでも一度や二度で切れることはなさそうだ。
続けて指をパチンと鳴らした。――『セーブ』。
セーブ&ロード。転生で得た必殺の女神の異能。俺が死なない限りいつでもやり直せる。
「エルミナ、《探知》を使ってくれ」
戦いになったら、もしも勝てればそのまま勝つ。威力偵察といえば聞こえはいいが、一度目はまず無理だろう。
ここからなら『ロード』で時を戻しても安全に撤退できる(はずだ)。
魔王について知れるかぎりのデータをとり、ロード。そして帰る。
まずは奇跡を使って知識をもらおう。
仮に気づかれても、魔王はすぐに出てこないだろうという予測もあった。それほど積極的な相手なら宮殿だってもっとしっかりと守るだろう。
(そもそももう気づいてるんじゃないか?)
神にも近い魔族の王だ。
わかっていて出方を見ているのではと思えてならない。
「それじゃあ、兄さま。お待ちを……。女神アウラーラよ、我らの敵を示し給え――《探知》!」
聖杖をかまえ、銀の乙女が何ごとかつぶやく。
長いスカートと髪がふわりと広がり――驚愕の表情を浮かべて、お尻をペタンと落としてへたり込んだ。
「います……! 間違いありません。兄さま! 感じたことのない強さの魔力です。王宮の中央に」
「魔王は――ひとりなのか?」
ゴクリと喉をならして俺は聞いた。
「細かい反応はありません。庭にまで魔力の広がりを感じますが……魔王から漏れたものか、何かがいるのかは判別できません。すみません」
「十分だ。ありがとう」
魔王ガスパード。女神アウラーラより倒せと命じられた仇敵。その名ににふさわしい魔力の持ち主のようだ。
こちらにはセーブ&ロードの異能と勇者のスキル。チートの聖剣。妹を自認する聖女エルミナと”王国の至宝”姫騎士プリムローゼ。そして――俺。
かなうか? 恐らくはまだ。だが――。
そのために来たんだ。待ったところでここに援軍は来ない。魔王がひとりならば今がチャンスかもしれない。俺には女神の異能がある。
「エルミナ、プリムローゼ。準備はいいかい?」
エルミナだけじゃなく、百戦錬磨のプリムローゼにまで緊張が走った。
プリムローゼのことはもう名前で呼んでいる。
俺は王女を剣士としても尊敬してるが、苛烈な魔王領の敵を前に敬称をつけるような間も命取りだと知った。
「はい、兄さま」
「――行きますのね。ユーリ」
エルミナがうなずき、プリムローゼが確かめるために聞く。
俺は無意識に拳をにぎると、胸の前にあげてふたりの前に差しだした。
姫が察してくれて、自分でも拳をつくり当ててくれた。それを見て、聖女エルミナも遠慮がちに小さな拳をコツンとあわせる。
「よし――踏み込もう!」
無理をしない。ダメならロードで逃げる。これを命題に、いざ突撃だ!!
いくぜ、魔王の宮殿へ! 待っていやがれ。はっはっははははは!




