62 ところで聖女様、魔王って何?
魔王領。境界の町トレドを後にして探索の途上。
森に入る前に身を隠せる木陰と具合のいい小川があったので、今は一息ついているところ。魔物の地でも自然の恵みはローランドと近しいのか、川の水は喉を潤すのに十分だった。
「ヴァネットさんにもらったエルフのマント、すごく役に立ってますね。兄さま」
手頃な石に腰をかけてニコニコと聖女様が言う。
いつもの心地良い声音に癒される。
「まったくだね、エルミナ。ここまで便利だと思わなかった」
エルフのアーティファクト”身隠しのマント”を身につけると低級の敵に見つかることがなくなる。
これが行軍で想像以上に大きな効果を発揮しており、疲労と消耗を格段に減らせられた。
勝てる相手でも戦えば疲れはたまるし、油断すれば怪我だってする。人間領なら魔物に遭うのも限りがあるけど、ここは援軍も期待できない敵地のド真ん中。囲まれたらそれだけで致命的だ。
「さすがエルフの魔法具です。感謝しておくべきですわね」
姫騎士プリムローゼも絶賛である。ありがとうヴァネット!
浅黒いマッチョなエルフに心の中で礼を言いつつ。いい機会なのでふたりに聞きたいことがあった。
「ところでエルミナとプリムローゼ姫。ここまで来て何なんだけど……魔王って何?」
「え? えっと兄さま、それはどういう意味で……」
従順なエルミナまでもが困惑し、隣では元より俺に不信感のあるプリムローゼが虚無を見る目になりかける。
(……なんでこんなのが聖剣を持つ勇者なのかしら?)
「い、いやもちろん知ってるけど! ガスパードっていう魔王で――その、あれだ。ええと」
麗しい第三王女の沈黙の圧に、あわてて弁明をする。
「攻略に情報が必要だろう? アウラーラの聖女やローランドの王女様なら、成り立ちとか詳しいことを知ってるんじゃないかと思って!」
トレドでできるかぎり話を集めたところでは、魔王は町から森を越えてさらに先。自身の宮殿に住むというウワサだった。
めったに外には姿を見せない――らしい。ヒキコモリなのだろうか。
無論正確な場所は聞けなかったが、魔王城という単語が出てこなかったのは助かる。城なんてガチで守られたら入る方法もわからない。
だろう、らしいばかりであいまいだが、そんなとこに攻め込もうなんてヤツがいないんだから仕方ない。
ローランドから攻略に軍を出したときは、魔物の群れに阻まれたどり着けなかったそうだ。
***
「まあ――そうですわね。神官のエルミナさんもいることですし、一度整理しておくのもいいでしょう」
プリムローゼは代々魔王と戦ってきた王家の姫だ。(そして根が親切でもある)
そうして一通りの伝承を語ってくれた。
『魔王ガスパード』――。
現れたのはアウラーラの聖典の歴史とほぼ等しく、魔物たちを従え古来より人々を苦しめてきたそうだ。
魔物と魔王に対抗することを大きな目的として、初代王の下に建国されたのが現在のローランドと辺境諸国。魔族の王を倒すのには至らねど、混乱した大地から人間領を定めることに成功する。
各地に砦と街を築き騎士団を備え、今に至るまで戦いを続けているそうだ。
「つまり魔王は最初の最初からいたのか。気が遠くなるな……」
ほとんど神じゃないかそんなの。魔物の中で一番強いとかそういう次元じゃないぞ。
「あ、いえ。兄さま」
諸説あるのですが、と前置きしてから聖女エルミナが訂正を入れた。
「聖典をこまかく読んで頂けるとわかりますが、最初期には魔王は登場していません。魔物と魔王が現れだしたのは、女神アウラーラ様がこの地を造りしばらくして――人々の生活が安定してきたころからだと言われています」
さらっと言ってるけど女神は創世神てことだな。それはそうか。
「アウラーラ様の恵みによって民の暮らしが落ち着いてきた頃。どこからか魔物たちが現れました。それから――悪魔を率い人々に害をなすと宣言して攻撃を始めたのが、諸悪の根源。魔王ガスパードだと言い伝えられています」
「ふむ……」
頭の中で整理しつつ、エルミナの話を聞く。
「それにあらがうために組織され強化されたのが、私たちの所属する聖堂とプリムローゼ王女様のローランド王国です。神官は魔族と戦うためにアウラーラ様の力をお貸ししています」
確かにそれほど強大な敵では、女神の加護がなければ大いに苦しむだろう。国の人々の信心が強いのもわかる。
「代替わりはしてないんだよね? エルミナ」
魔王のことを一応確認しておこう。
銀の聖女様が「え」という顔になった。考えたこともなかったらしい。
「代替わり――魔王がですか? はい。もちろんです」
ならば敵はガスパードひとりということか。
考えようによっては、倒しても次の王が出て来るから魔王領全体を相手にしなくちゃいけない、なんてのよりはまだいいかもな。
そんなもの軍隊にしかできないし、しかも失敗している。
「貴方、やっぱり思ったよりいろいろ考えてますのね。ユーリ」
どうやら姫にも魔王に代わりがいるかという概念はなかったようだ。恐らく、生まれる前から魔王の存在があったかそうでないかの違いだろう。
「”思ったより”は余計でしょう、姫!」
全然怒ってないが、たまには言い返しておこう。
剣姫の口もとがフフッとゆるむ。”やっぱり”とも言っているから最近はいくらか認めてもらっているらしい。うれしいね。
「に、兄さまは勇者さまですからっ。当然です! ね!」
俺がプリムローゼ姫の方に目をやるのを見て、エルミナが聖杖を振り回して謎のジェスチャーで抗議をする。
姫といい雰囲気になるのが黙っていられないのだろう。いやごめん。
(兄さまこのごろプリムローゼ様と雰囲気良くないですか?! ええ。ええっ。私は? 私は?!)
……エルミナ。ふたりきりだとおしとやかな子なのに、他の娘が絡むと途端に見境がなくなるよね。それはそれで可愛いんだけど――。
明らかに不満げなのでポンポンと頭をなでてなだめる。
「も、もう。兄さまってば」
ごまかしただけだが、銀髪の聖女様もおとなしくなったところで……。
会話と休憩を済ませた俺たちは森へと分け入っていき、魔王領の索敵も何日目かの夜を迎えようとしていた。
***
「おおウ? おおおウ? ニンゲンカ? この匂いはもしやニンゲンカ?」
魔王の宮殿をめざしてうす暗い森を進む最中、頭上から声がふってきた。姿を隠すエルフのアーティファクトといえど、ときおりこういう鋭い魔物がいる。
そしてそれが出来るのは――残念ながらすべて強敵だ。
なにかが俺たちの様子をうかがってる。
一行を中心に、ざぁぁーーーっと円を描いて風が舞い木の葉が散る。発見された!
「右奥、樹上ですわ」
姫騎士プリムローゼがすばやく指摘した。あわせて意味のなくなった身隠しのマントをバッサリと脱ぎ捨てる。
俺と聖女エルミナもそれにならい、聖剣と杖をかまえて戦闘態勢をとった。
見下ろすのは手足が長く大柄でヤギの顔の四つ目の化け物。魔具のまやかしを超えて発見した実力、体躯からあふれる闇のオーラ。おそらく上位悪魔だ。
「カカッカカカ! これハこれハ! 女が2人もいるゾ! なんだァ? ひとりは神官じゃないのカ? 生意気な女神アウラーラの使者め。もうひとりもえらく美しい娘ダ。こりゃあ楽しみだなアァァァァ!」
避けられる戦闘ばかりのわけがない。
品のない哄笑を響かせる魔族を俺はにらみ返した。来い。戦ってやる。
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