59 さらわれた子どもたちを助けよう!
「準備は良くて? ユーリ、エルミナさん」
「ああ!」「はい!」
大型の天幕へと賊が逃げ込んだあとに一拍の間。3人が集まるのを確認すると、プリムローゼ姫が入り口の布をまくり踏み入った。
危険地帯へと真っ先に入る動きの速さに舌を巻く。
カンテラの灯りが照らすだけの中は薄暗く、影の中で中央奥に一段高い広いステージ。催し物を行う会場のようだ。
最奥に大きな布の幕がかかり、ごろつきを探して見渡すとあちこちに複数の道具箱と出入り口。そして――獣臭がする。
「何かいますわね」
「賊はどこ行った?」
――いた! いつの間に上がったのか、ステージ脇の台上からこちらを睥睨していた。
「獣魔ども、出てこい! 客だぞ!」
もはや姫とエルミナを捕まえるという目的も忘れたのか、恐怖にかられたチンピラが声を張りあげる。
ガシャン! といっせいに金属の檻が開く音がし、左右の暗がりから咆吼が上がった。
ライオンや狒々に似た魔物の群れが先導する姫に迫ったが、この程度が奥の手なら”王国の至宝”剣姫プリムローゼには通じない。
ゆったりとすら見える動作で、姫騎士は王家の宝剣をかまえ迎え撃つ姿勢を取った。
と、そのとき。
「灯を消せ!!」「おう!」
?!
先に帰っていた仲間の手管だろう。どこからか別の男の声がすると天幕の灯りがいっせいに消え、周囲を暗闇がおおった。
――まずい!
魔物は暗がりを見通すだろうが人は別だ。とっさに近くにいたエルミナを引き寄せるも、先行する姫をフォローできない。
すでに外も日が落ちている。手練れの相手の戦闘力をも奪う二重の罠だった。
ギン! カイン! カカンッ! カン! カォン!
――ギャウ!! ギャ! ギャオゥ! ギャー! ギャーーーォ!!
間髪入れずに剣げきと悲鳴が交錯し、大型テントの中にこだました。
姫は……どうなった?!
「へっへ。どうやら騎士サマだったみてえだが、見えねえんじゃ何にもできねえだろ。ノコノコついて来やがって。仲間のカタキだ。――おい、後ろのやつらにも見せてやれ」
カンテラの灯りが再びともされ――血だまりの中央に、王家の剣を持ったプリムローゼ姫が立っていた。
周囲にはバラバラになり血と臓物を撒き散らした魔物の死体。
「――出し物はこれだけかしら?」
静かに語る姫騎士の瞳が光を反射し不自然な煌めきを見せた。
「ば、馬鹿な!!」
「リーダー、どうするんで――ギャア!」
灯りを落としたごろつきへ向けて胸もとから抜いた短剣を一閃。
狙いたがわず喉へと突きたつ。
「――エルミナさん、光の奇跡を」
「は、はい! 《聖光》!」
俺がするべき聖女エルミナへの指示を落ち着いて出し、さらなる光源を姫は自分のものとした。
女神アウラーラの奇跡が空間を照らし黄金の髪が浮き上がる。
光を背にまっすぐと立つプリムローゼは、ひとすじの剣のように美しかった。
「あ、あの暗闇で人間が急に動けるはずがねえ……! どうなってやがる!」
「幼少の頃、瞳に魔術の術式を施しまして。成功率は五分五分でしたが――おかげであれくらいの闇でしたら昼間のように見えますの」
お生憎さまですわね、と姫はゆっくりと語った。
初めて会ったときから時折瞳が不規則に輝いていたのはそれか――。
「ば……化け物め!!」
「光栄ですわ」
澄んだ声を歌うように響かせて。
円を描き剣をヒュンと血ぶるいし、リーダーと呼ばれた賊の元へ歩き出したプリムローゼの足が止まった。
「へへ、へ……。じゃあ……コイツはどうだ? あれを見てみろよ」
「んん――!! ん――!」
左奥の扉の近く、掛けられた布地の後ろから男が現れた。
手錠をされた粗末な服の子どもを胸の前に抱え、その喉もとに短刀を突きつけている。背後にも同じ服装の数人の子ども。
「――てめえらローランドの騎士サマだろ? へへ……。見殺しにできんのか? ガキどもに手を出されたくなけりゃあ、剣を捨てろ!」
「……っ」
姫が沈黙する。
剣が揺らぎ、わずかな逡巡。
その光景を目にして、ある意味プリムローゼ以上にキレたのが自分だった。
銀の乙女エルミナを背に前に踏み出す。
「俺はな……お前らみたいなのが大っ嫌いなんだよ!」
「兄さま?!」
今の時点でも姫の戦闘力は俺より上だ。勇者の剣技も姫騎士にはかなわない。舞い踊る剣は憧れそのものと言ってもいい。
それを、それを卑劣な手で穢すな。
正義のヒーローに敵わない悪者が人質を取って戦う力を奪う。何度も見てきた。カタルシスなどあるものか。
「ヒャッハハハ! で、どうするんだい? 色男さんよぉ」
姫ばかりを注視していた悪党がようやくこちらに目を向けた。
「どうもこうも――こうするんだよ」
目の前に腕を上げ、俺はその指をパンと弾いた。『ロード』!