36 エルフのメイドはおいしく食べてほしい
「お、これうまいな!」
食卓に並べられたスープを一口飲んで、俺は素直な感想を口にした。
「わ、おいしいですね。兄さま。……むむむ」
「あら。なかなかですわね」
エルフメイドのピオレが用意してくれた夕食をみんなで囲んでいた。
温かいパンと新鮮な搾りたて果実のジュース。そしてメインが具材たっぷりのスープだ。
野菜ときのこたっぷりの健康的でやさしい味。それでいて何層にも深みがあり、舌の上で味わいが変わる。大きな街の料亭で食べるような風合いだ。
隣に座る聖女エルミナはおいしいと言いつつなぜか微妙な顔をしている。甲斐甲斐しくてよく気の利く子なんだけど、そういえば作る方は苦手そうにしていた。
「エッヘン! うれしいです、どんどん食べて下さいね。みなさん!」
「ピオレさんが作られましたのね。なにかこだわりがあるのですの?」
プリムローゼは王女なので料理をしないが、日ごろ食べるものは一流だ。その姫がほめるのだからやっぱりたいしたものだろう。
実は……とピオレが話しだした。
「おいしいと言って食べてくれるのは、みなさんたちとヴァネット様だけなんですよ~!!」
「え。エルフには口に合わないの?」
こんなにいい味に作ってるのに。味覚が違うとか?
「そんなことないです、勇者さん! ないんですけど、みんなあんまり興味が……ないんです!」
どういうこと?
「エルフは人間よりずっと長生きだって知ってますよね。そのぶん変化も好まないし、食事にも関心がうすいんです……。ひどいと思いませんか?! ちゃんと工夫したらこんなにおいしいものだって作れるのに!」
「そうだったんだ……」
ひとりだけめっちゃ変わってたマッチョは例外みたい。
「このスープだって20年も研究したんですよ? ときどき人間の街にも行って、味を盗んできた自信作なんです! なのに誰も……ヴァネット様しかおいしく食べてくれないという。よよよ……」
「よくモチベーションが持ちましたわね」
プリムローゼ姫が変なところに感心している。
ていうか今20年て言った? いったい何歳なんだ、この少女のような見た目のメイドの子は。
「だって私は好きですもの! おいしいもの! だからたまにお客様によろこんでもらえるとうれしいんです!」
「ピオレさんみたいなエルフの方は食べてもあまり太らないのでしょうか? いいな……」
エルミナもぜんぜん関係ないことをうらやましがっている。
みんなの心がバラバラだ。
「ま、まあともかく」
そんな雑談をしつつ、ペロリと食べきってしまった。
ただ煮込むだけじゃなく鶏ガラなどの出汁を使ってるのだろう。コクのあるのどごしは即席でなく日ごろから準備してあったに違いない。
身体によさそうで女の子たちもきっと好きな味だ。
「おかわりある? ピオレ」
「ありますよ! 勇者さん、何杯でもどうぞ!」
***
結局おかわりして3杯も食べてしまった。
レパートリーもまだまだありますから、明日は違うお食事をごちそうしますね! とハキハキと言うピオレ。
「あはは。楽しみにしてるよ」
何しろ自分の成果をほめてくれる人も少ないのだ。
じっくり煮込むスープは出汁を作るだけで数時間からときには丸一日かかる。
自分たちは不意の来客で予定されていた食事じゃない。そんな客人のために鍋を見守るピオレの時間を思う。
動くたびに二つに分けて結った髪を揺らし、エルフの娘はうれしそうだった。
そしてエルミナもおかわりしつつ、葛藤した雰囲気でうつむきがちに独りごちている。
「兄さまも……おいしいものがお好き? お料理が上手な人の方がいい? 私、あんまりむずかしいお料理は……。でもこれ、おいしい……」
聖女様。みんなもいるところでブツブツ言うのやめよう? こわいから。
――人それぞれ得意なことがあるし、気にしないでくれるとありがたいな!