35 勇者さんってカッコいいですね! 聖女エルミナは気が気でない
「――兄さま。他にもなにかされたんですか?」
帰り際の女王のひそひそ声を聞きとったらしい。最愛のエルミナの声の温度がひんやりとさがる。あ、これは怒ってる。せめて身に覚えのあることにして?!
「エ、エルフジョークかなにかじゃ? わからないよ女王陛下にはさっき会ったばかりだよ!」
「のぞきはされたんですよね?」
追い打ち。
「見たけどすごいマッチョのエルフが気になっただけだって!」
こっちは半分言い訳なんだけどプリムローゼ姫が苦笑する。
同意してくれたようだ。
「――ヴァネットさんでしょう。女王陛下の娘、王女様ですわよ」
「あれが? 娘?!」
そういえば周りのエルフからそんな名で呼ばれてた気がする。王女様って、崇高な気配のただよう女王様と筋肉エルフのどこに似た要素が? いやあの娘だけすべてがおかしいんだけど。
「ずいぶん健康的なエルフの方はおひとりいらっしゃいましたけど……。兄さまはああいうかたがお好みだったんですか?」
自分の細身の身体に目を落としながら美少女エルミナがうつむく。
銀糸のように光る髪に透明感のある肌。白い服をその身にまとえば天上の存在をも思わせる美しい娘だ。宮廷の画家も生涯の作品としてこぞって絵に残したくなるに違いない。
背中に鬼を背負ってそうなモリモリマッチョと比べて落ち込まないでくれ!
「だから違うってのに!」
本当かんべんしてほしい。
***
「あのー……そろそろお部屋をご案内しても?」
ひとり残っていたエルフのメイドが遠慮がちに声をかけてきた。
ふたつおさげの娘で、たしか名前は――。
「あたし、ピオレといいます。みなさまを案内するよう言われたので、お部屋へお送りしますね」
「お願いします! 行こうか、エルミナ、プリムローゼ姫!」
話題を変えたいこの場から逃げたい。ぜひ行こうすぐ行こう!
***
「勇者さんって――えっちな方なんです?」
ぶっはう。ぜんぜん話題変わってない!
森と共にあるような古城。居館から別棟へ移り、それぞれの個室を見せてもらったあとの食堂で。
こらちもお客様用に木製のテーブルと椅子が備えてある。何人か――ちょうどいまぐらいの人数で食事ができる場所のようだ。窓が多い城はどの部屋もシンプルで品のいい木の調度品で飾られていた。
手際よく必要なものをガイドすると、目をキラキラさせたピオレに質問された。
「姉様たちの泉をのぞかれたとか。あは」
エルミナがまたピクンと反応し、聖杖を握る指に力が入る。銀のロングヘアと神官服のスカートが密やかに揺れる。赤いドレスのプリムローゼ姫はやれやれといった雰囲気だ。
「いや、ごめん」
蒸し返してもしょうがないので謝罪の一手。
「大丈夫ですよ。みんなそんなに怒ってませんから。人間の男の人はめずらしいので、興味津々なんです」
「そ、そう」
少なくともピオレという娘は言葉通りのようで、妙に距離を詰めてまとわりついてくる。
――エルミナさんのね、俺を見る目があんまり大丈夫そうじゃないんだけど。
「あ、ここにコップがありますから、喉がかわいたらあちらの水場でお水が飲めます! 夕食はジュースも出しますね。オレンジはお好きですか? 今朝採れたばかりのがありますから搾りますね」
あ、ありがとう。
身振り手振りで周りを説明する動きにあわせて、エプロンをつけたメイド服がくるくると舞う。
物静かな女王に戦闘力の高そうなヴァネット、活発なピオレと、一口にエルフと言っても性格はさまざまなようだ。
「あとは――服とか汚れてたら、部屋の前のカゴに入れて出しておいて下さい。洗っておきますから。お城にいる間はみなさまのお世話をいたしますのでご遠慮なく! 王女様も、どうぞご用命くださいね!」
「ええ、わかりましたわ」
「勇者さんの冒険着ってあまり見かけないデザインですね? ローランドの流行りなんでしょうか?」
「や、これはその」
ピオレが俺の服に手をのばす端になり、ついにエルミナが我慢をしていられなくなったのか――。
「んっ、んぅ――コホン。兄さま」
「――聖女様のお兄さん、カッコいいですね!」
「えっ?!」
苦言を呈そうとした聖女様にまで、気おくれせずに近づいてピオレが話しかけた。直接声をかけられて驚いたのかエルミナが固まってしまう。返事もできずその場で杖を抱いて止まる。
……前からうすうす思ってたけど、やっぱりこの子むっつりだよね?
「それじゃあ、晩ご飯を用意してまた来ますね! 勇者さんとプリムローゼ姫様もそれまでのんびりされてください」
「う、うん。ありがとう、ピオレ」
「お城の中、ここの棟は自由に歩いてかまいません。外には出ないでくださいね! 夜の森は危ないですから」
ひとしきり用をすませると、元気なエルフの娘は小さな嵐のようにバタバタと去って行った。食事を作って戻ってくるらしい。
「……カッコいいですかエルミナさん? あの彼」
ほほに指をあてて首をかしげながら、王女が疑問を口にする。
「わ、私は兄さまカッコいいと思います!」
本人の目の前でウワサ話するのやめて。あと『私は』てなに。