31 聖女様のないしょの夜話-閑話-
-西の街を出発する前夜。勇者ユウリの寝室にて-
「それでですね、兄さま。ミィちゃんったら――」
純白のシーツのしかれた、貴族の館の大きなベッドの上。
アウラーラの聖女エルミナが、ひざまくらで勇者に耳かきをしてあげていた。いつかしてあげたいと思っていたし、やっぱりこうしていると楽しい。
「~~♪ ~~~♪」
カリ、カリ……カリ。
「…………」
カリ……。
「――あら?」
ふと気づくと、しばらく返事のなかった兄が目を閉じて静かな息を立てている。
「兄さま……?」
「……スー……。スー……」
どうやら、耳かきをされているまま寝てしまったようだ。
旅の疲れが出たのだろう。
細い耳かき棒をそうっと引き抜く。
「……ふふ」
もっとお話できなかったのは残念だけど、眠ってしまうほど心地よかったならよかった。
耳かきを置いて、手のひらでゆっくりと寝息をたてる勇者の髪を撫でる。プラチナヘアのエルミナとはまったく違う茶褐色の髪。
見た目にも体型にも似ているところなどどこにもない。
エルミナは兄が好きだった。盗賊に襲われたときも、守ってくれた背中がうれしかった。
「カッコよかったですよ、兄さま」
愛おしそうに頭をなでる。
これまでだってずっとそうしてもらった気がする。何度も、何度も。
ふだんは頼りないところもある兄だけど、いつも優しくて彼女の味方だった。だから彼女も彼を兄さまと呼んだ。繰り返し。繰り返し。
「兄さま。兄さま」
えへへ。
ひざに頭をのせたまま身じろぎしても目覚める様子はないようで、もう夢の世界に行ってしまったみたい。それなら、お邪魔にならないようにそろそろ戻ろうかな……?
寝ている間にお耳かきの続きをしちゃおうかとも思ったけど、危ないかもしれないからやめておこう。
仕上げにと耳の穴へ、ふぅと息を吹き入れたらピクリと反応していた。
「あ」
起こしてしまったらわるい。ゆっくり寝かせてあげなくては。
そっとひざから兄の頭をおろし枕の上へのせた。ふたりどころか三人でも寝れそうなこのベッドならゆったり眠れるだろう。
(領主様に感謝ですね)
シーツをととのえて肩までかけると、寝顔をそっと盗み見る。
寝所に自分用の可愛らしいネグリジェがあったので着てきたのだけど、結局はずかしくて感想は聞きそびれてしまった。
ツンと主張する胸も白い下着も透けちゃうような、自分では絶対買わない大人びた夜着。プリムローゼ様ならきっと似合いそう。
大胆すぎるかなと思って、枕で身体を隠してたのがいけなかったのかも。
「男の人だから、こういう格好お好きかなと思ったのですけど……」
どうでしたか? 兄さま。兄さま。
「お答えはまた聞かせてくださいね――」
外に出ていた手をシーツの中へ入れるまえに、兄のそれをやさしく自分の手でつつむ。
たわむれに、そのままそっと顔を息がかかるほどに近づけてみて……。
――――。
「エルミナ……」
ビクッ!!
「ひゃ、ひゃい! これはっ。その……!」
飛び上がるようにして勇者の顔を見直すが、むにゃむにゃとして目を開ける様子はない。
ド、ドキドキ……。
どうやら寝言みたい。
胸をなで下ろすと、シーツをもう一度ひっぱって。かけ直してあげて。
今度こそ起こさないように、心臓をバクバクとさせながら部屋を出ることになった。
な、何にもしてませんよ?!
でも、寝言でも兄が自分の名を呼んでくれたのでエルミナはにこにこしていた。
「ふふ……。兄さま、兄さま」
エルミナは自室へ戻り、兄と同じようにシーツにくるまった。銀の髪が広がり肌をなでる。
手をつないで同じ夢が見たかったけど、きっとそれもいつか。
気に入ってくれたみたいだから、今度続きをしてあげよう。
兄が望むならなんでもしてあげたかった。
だって女神様に言われたし。だって、司祭様にも言われたし――。だって、私はアウラーラ様の聖女で兄さまは勇者さまだから――。
だから――。
(なんでも言ってくださいね。兄さま――)
祝福された銀の乙女は今日も幸せだった。