02 メスガキ天使と異世界転生!
なんだ、おかしなことをしたよな? 化け物の行動を2回見た。
――パチン。もう一度指を弾いてみる。なにもおこらない。
セーブ? ロード?
気のせいじゃない。たしかに、同じ時間を繰り返した。そんなこと、できるわけがない。
少女の様子に変わったところはなく、気づいてるのは自分だけのようだ。俺だけが時を巻き戻った……?
何度か指を弾いても、やはりなにも起こらない。無意識だったけど、前から知ってるような確信した動きだったのに――。
「兄さま――勇者さまに出会えましたこと、天使様に念話で声をおかけしましたので、間もなくここへ来られると思います」
「あ、うん」
そうか、天使とやらか! 女神がどうとか、おかしなことが多すぎる。ちょうどいい。なにか聞けることに期待しよう。
襲われた場所から少し歩いて小川の近くに出た。天使は空にいるので多少移動しても平気らしい。エルミナさんが言うには、犬の頭の魔物はどうやらコボルドだったようだ。
日の光を受けて川面がきらきらと輝く。
と、不意に風が吹き抜け、光の粒が舞ったように見えた。
「天使様」
銀の髪の娘がそっと呼びかけると、きらめきが密度を増してオーロラのようにゆらめく。
見あげる先で、輝く髪にひらひらした服の少女が宙に浮かんでいた。その背には純白の翼。聖なるエンゼルリングが神の使者だと告げている。
神官衣の娘といい、宗教画のような非日常の光景にしばしあぜんとする。
「あー、ここにいたんだぁ。聖女エルミナ。よく見つけました。この者とふたりで話しますので、場を外しなさい」
「はい。天使様」
杖を持った手を胸に当て、片手でスカートを広げる。うやうやしく一礼すると妹だという美しい子はこの場をあとにした。
去り際に俺だけに聞こえるように「兄さま、また後で」とささやいて微笑んだ。爽やかな甘い香りがのこった。
「――そこのおにーさん、いつまで鼻の下を伸ばしてるのよ」
うっ。
天使と呼ばれたなにかにいきなりあきれられる。事実なので反論のしようもない。
「さて……。勇者ユーリよ。どうやら転移先の設定に失敗したみたいね。なにもないところに飛んじゃってゴメーンね。てへぺろ☆」
「てへぺろはいいですが……。えっと、あなたが天使様?」
エルミナさんも呼んでたし、そうとしか見えないが一応確認を――ん?
そうだ、ユウリだ。すっかり忘れてたが自分の名をようやく思いだした。
「そうよぅ。えー、なになに、メモによると。名前がユウリ。休日の夕方、石段を登りながらスマホの着信を受けようとしたところ、突然飛んできたカブトムシに驚く。そのまま足を踏み外して転落、頭部を強打――。あはは、なにそれ。ざーこ、ざーこ♪」
小さな紙を見ながらふわふわと飛ぶ少女が解説した。
歩きスマホダメ、絶対。うわ、それが自分?
「なるほど、ひかえめに言って昆虫以下の戦闘力なんだね。おにーさん。こんな人が勇者だって。プププ。ほんとにぃ?」
うるせー! 本当かなんてこっちが聞きたいよ!
「これはしつれーい。カブトムシといえば虫の王様だもんね。ムシキングが相手じゃしかたないね! ただの人間のあなたより昆虫王のヒエラルキーが上なんだね」
天使ってこんなん?! 俺の感動を返せ! メスガキの間違いじゃない?
だいたいその短い服、わきとかスカートの下とかチラチラ覗けそうで気になるんだよ!
「あらあら、いやらしいんだぁ、おにーさん♪ メスガキ扱いなんて失礼しちゃうわ」
――っ?
ドキッとした。罵られたからじゃない。
さっきから悪口は口にだしてないのに、気持ちを読まれてる!
「本物の天使なんですね……」
「そう言ったじゃない。ロリコンのお兄さんは天の使いにもドキドキしちゃうのかしら? きゃあ。こわいこわい」
「えっとそれはもういいので! なにがどうしたか説明してほしいんですがっ」
話を戻して本題を問う。
このメスガキ――もとい女神の御使いはたしかな者のようだ。
「はいはい」
いちいち空中で足を組みかえるようにしてから、天使が手を広げて告げた。
「あなたはこの世界で魔王を倒すよう、女神様に喚ばれたのですよ」
「つまり――」
「異世界転生よ。ようこそ、勇者のおにーさん♪」