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フェイドアウト

作者: オダ 暁


「たいへん長らくお待たせしました。御両人の登場です。皆様、盛大な拍手をどうぞ」


 気障な蝶ネクタイをしめた、司会役の青年の甲高い声が、式場内に響きわたる。ここは東京、廻りには高層ビルが立ち並び都庁も程近い、JR新宿駅西口から歩いてすぐのホテルの中。丸テーブルに着席している招待客はざっと百人位だろうか。それらのまなこが一斉に扉の方に向けられると、殆ど同時に扉は開け放たれ、両人の入場とあいなった。


 真夏の挙式らしく、涼しげなミニ丈のウエディングドレスを着た新婦は、すらりと格好のいい足をしている。締まりのないにやけた面構えの新郎は白地のタキシード姿だ。招待客は拍手をしながら、身を乗り出すようにして二人の様子を眺めた。




「まったく、こんな経験はじめてだぜ」


「俺もだよ。来ようかどうか実際迷ったんだが、みんな出席してるじゃないか。怖いものみたさ・・ってか。そういや今日、仏滅だってさ」




 新郎の友人らしき男たちが、声をひそめて話をしている。同じような会話が別のテーブルでも交わされている。


 両人が雛壇に着席すると、司会の言葉に促され、留め袖に身を包んだ仲人の女性がおずおずと立ち上がった。筋ばった長い首と尖った顎をした、老いた鶴に似たその婦人は藍染めのハンカチを片手に、




「このような事になるとは夢にも思いませんでした。今・・・私は何て言っていいのか・・・わかりません」




 そこまで喋ると彼女はむせび泣き出し、スピーチは中断されてしまった。


 司会の男はあわてたのか、乾杯の音頭をとるのも忘れ、言った。




「続きまして御友人による歌を披露していただきましょう。曲名は<あばよ>です」




 出番が早くなってさも驚いたふうに、三人の娘が雛壇の脇にあるマイクの前に出てきた。すぐにピアノが奏でられ、娘たちは口をパクパクあけて歌いはじめた。




 何もあの人だけが世界中でいちばん・・・




 そう、これは結婚式ではない。離婚式なのだ。だから新郎新婦というのは適切な表現ではない。正しくは、もと新郎新婦だ。




「おまえ、えらくミニじゃん。そのドレス」




 もと新郎がもと新婦に、そっと耳打ちする。




「いいでしょ。だってあんた、あの時反対したから私ロングにしたじゃない。だから今回はミニを着たのよ。それと、これも絶対食べようと思ってたんだ」




 フォークで刺した伊勢海老にかぶりつきながら、彼女は大きな瞳をくるくるさせて、愉快げに答える。




「だってよう、あの時は他の男におまえの足、見せたくなかったんだ」


「ふーん、今は平気なんだ」




 わざとすねた甘ったるい声。それに目尻を下げてでれつく阿保面。そんな二人の様子をいぶかしげに、両家の両親が顔をしかめて見守っていた。




「なんて恥さらしな・・お別れパーティだなんていって、これじゃ結婚式と変わらんじゃないか。わしは、だから出たくなかったんだ」


「ほんとに親にこんな惨めな思いをさせて・・」




 両人の父親は怒りで顔が真っ赤だし、母親はしょんぼり涙ぐんでお互い慰め合っている。親族らは一言も喋らず、目の前のご馳走をぼちぼちと食べていた。今この場で、それ以外何ができよう。しかし彼らにとって悲劇は、この後さらに続く。もと新郎の友人のスピーチは耳栓なしでその場にいることは、耐えがたい内容だったに違いない。




「お二人の結婚は電撃的でした。いや、出会いそのものがそうでした。出会ってすぐに同棲、お祭騒ぎが大好きな二人は結婚式をしたいが為に結婚をしたようなものです。そして今日は別れの杯をかわす、いわば離婚式。我ら一同、恐れ入っております」




 ヒューヒューとあちこちから口笛が鳴り、酒でべろんべろんになった男どもが




「いよっ、御両人」




 と声高に叫ぶ。招待客は今や開き直ったのか悪乗りをしだし親族らは一刻も早くこの悪夢から逃れることだけを考えていた。


 そうこうするうちに宴は終盤を迎え、キャンドルサービスがはじまった。といっても、お決まりのやり方ではない。各テーブルの中央に灯された蠟燭の火を、両人が消しながら廻っていくのだ。




「お二人の短い結婚生活を忘れ去るかのように・・キャンドルの火がひとつ、又ひとつと消えていきます」




 式場の妙な熱気に煽られたのか、或いはやけくそなのか、司会者の台詞はナレーションのように流暢だ。


 二人は各テーブルの蝋燭の火を吹き消しながら、客の一人一人に声をかけて廻った。そしてとうとう最後に残った灯の前に立ち、おもいきり息をそれに吹きかけた。とたん式場は真っ暗になり、何も見えなくなった。そういう状態がしばし続き




「いったい、どうなっているんだ」


「早く明かりを点けてくれ」




 と招待客の野次が飛ぶ中、とつぜん天井のシャンデリアが煌々と輝いた。


 皆ほっと安堵の吐息をもらし、互いに顔を見合わせ、ついで雛壇に視線をやった。と、両人の姿はどこにもない。司会の男がぽつんと立っているだけだった。彼はなぜか落ち着いた声で言った。




「皆様、ご両人は今し方旅行に旅立ちました。行き先は、気の向くまま足の向くままだそうです。尚、挨拶なしの無礼をくれぐれもお許しくださいとのことです」


 これには口をあんぐりと開いたまま、皆さすがに呆れ果てていた。両親はすぐに式場を飛び出し親族は慌ててあとを追い掛け、二人の姿をホテル中捜したが、もはやもぬけの殻だった。




三十分後・・・


 ハイウエイは夕焼けの鮮やかな朱色に染まっていた。そこを北に向かって走らす白いクーペに、二人はいた。男はうきうきした様子でハンドルを握り、女は助手席でポップコーンを食べている。




「いやあ、疲れたな。でもよ、餞別全部で二百万はあるぜ。式の費用払っても、借金ばっちり返せるもんな。仏滅キャンペーン価格さまさまだよなあ」


「パチンコでサラ金なんて、もうこりごり・・督促状は山のように来るわ金利は膨らむわでさ、親に泣きつくか死ぬかどっちかとまで考えたんだからね」


「しっかし、こんなこと思いつくのは俺らぐらいだろうよ。まあ少々恥はかいたけどさ」


「やっぱり離婚はやめましたって言ったら、みんな怒るかしらねえ」


「そりゃ、そうだろ」




 二人は、少しの間黙り込んだ。急に女が嬉しそうに叫んだ。




「いいこと思いついた。とりあえず、いったん離婚しましょ。それでね・・また結婚するのよ、もう一回パーティよ、今度はうんと派手にするわ」


「いいじゃん、それサイコー」




 二人は大きな声で晴れやかに笑った。どこ行こうか、男はこれ以上ないような優しい口調で尋ねた。窓越しに入り込んだ残照が、彼の横顔を濃いオレンジ色に照らしていた。それを見つめたまま、女はささやいた。・・・どこへでもついていくよ・・・


 車はハイウエイを突っ走った。


 夕闇にまぎれ、ぼやけていき、やがてその姿は消えていった。




 FADE OUT

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