Ⅱ 謎かけ、答えは
目覚めると屋上の柵と、その先に広がる夜の町並みがあった。
俺はあの時に倒れ、屋上の壁に寄りかかるようにして眠っていたらしい。 連れてきたのは無論、
「……刹那」
俺の手を握っている刹那だった。その小さな手は冷たく、生命の脈動を一切感じなかった。気付いた瞬間、皮膚が粟立った。そんな俺自身に激しい自己嫌悪を感じた。
当たり前だろ、刹那は死神なんだから。そう自分自身に言い聞かせ、掠れた声を出す。
「三浦はどうなったんだ……?」
すると、刹那はフードの下で小さな笑みを作った。
「三浦くんは大丈夫です。あのあと保健室まで連れていきましたから。ご両親がお迎えに来ました」
「そっか、三浦のこと、ありがとうな」
そう言うと刹那はふうっと溜め息をついて、何も答えなかった。
しばらく、二人で星空を見続ける。
何分たっただろうか。しばらくして刹那は口を開く。
「……ただ、ふざけんなって言いたかっただけです」
口元まである深いフードからは何の表情も読み取れない。
「……なあ俺、本当に死ぬのか?」
俺の問いかけに、こくんと頷く。ややあって、「死を回避できなければ」と言った。
黙り込んだ俺に今度は刹那が尋ねた。
恐らく、フードの奥からじっと俺の目を見つめて。
「あなたは今、死にたいですか?」
***
私は死神。死神になったその日から、私の名は刹那になった。
あの時の恐怖を、忘れないように。
あの時に実感したものを忘れないように。
私の問いに翔君は「死にたくない、と思う」と答えた。
「じゃあ、生きたいですか?」そう聞くと数秒の間があって「わからない」と答えた。
私は何も言わず、何もしなかった。
生きることを捨てた愚かな私に言えることはない。
それでも聞きたかった。
理由もわからず、ただ。 ただ彼の想いを、知りたかった。
その日の深夜。
私は古いビルの屋上に、縮こまって座っていた。ここなら翔君の家がよく見える。私のいない翔君の家に他の死神を入り込ませたくなかったのだ。もっとも、こんな小細工は気休めぐらいにしかならないが。いうか、気休めにもなっていない。
だって、死亡予定者名簿に翔君について載ってるし。ということは当然彼に発生した『死を回避するポイント』の存在もみんな知っているはずだ。
だけど―――来てくれる。
私の大好きな死神の先輩は、一度私のもとへ来る。
そんなすがるような予想を胸に、ここで待っていた。
コツ、と硬質な音が、私の背後から聞こえた。
私は立ち上がり、後ろにいる死神に向き直る。
私と同じ、風にはためく、漆黒のローブ。ただ違うのは、ローブと共にチャリチャリと音をたてる、無数に着けられたシルバーチェーン。
深く被ったローブ。そこから僅かに見える顔は傷だらけ。
来てくれたのだ―――秋月ちなみ先輩が。