Ⅱ 真偽と一目惚れ?
朝になった。
夕べ死神女が蹴り飛ばしたはずのドアは元通りになっている。
それ以外にも、昨日不審者が部屋に突撃したような痕跡はない。
………はっ。 なんだ、夢か。
俺は寝癖が着いた頭をガシガシかきながら思った。
そーだよな、俺はまだ十七歳の青春真っ盛りの男子高校生だ。 そう簡単に死ぬかっつーの。
「ははは」
なんだかバカらしくなって笑ってみる。 そうしてゆっくり起き上がって枕に手をつくと、
クシャリ、と紙の感触がした。
「ん?」
そこには、女子の丸文字で何かが書かれていた。
『翔君へ。
何度起こしても起きないので、先に学校行っちゃいます。
翔君も早く起きないと、遅刻しちゃうよ♪
遅刻とか関係ないのに気にする刹那より』
俺はその手紙を数秒、呆然と見る。
そして、枕元に置いてある目覚まし時計を見る。
どうやら、悪夢は現実のものだったようだ。
午前八時十分。
……………終わったな。
学校までダッシュで走ってギリギリ間に合わなかった。 高校に着くまでの信号に全部引っかかるなんてなんかのイヤガラセかコラ。
友達で学級委員長の三浦に注意され、担任には鼻で笑われた。 対応逆じゃないのか?
刹那が言っていた政治家の事故死のニュース。 俺は遅刻しそうでニュースを見るどころではなかったが、三浦に聞くと確かにそれは起きていた。 三浦も詳細は思い出せないので携帯で調べてみると、まさに刹那が言った状況そのままだった。
刹那は完璧に予言をしたことになる。
とりあえず、いまのところ刹那の言うことは本当だということにしておく。
刹那はというと、教室の後ろのほうでふよふよ浮いていた。 お約束どおり、刹那の姿は俺以外見ることが出来ないようだ。 浮くのなんて既に人間業じゃないので、もう完全に信じることにした。
時折聞こえる、
「ヒマー」とか、
「お腹すいたー」とか、
「あの先生カツラだー」とか言う声はうっさくて仕方なかったが、注意しようにもできないので華麗に無視することにした。
ヒマヒマ星人と化した死神女が何かやらかすのではないかと内心不安だったが、何事もなく放課後を迎えた。
「吉田」
放課後、帰ろうとする俺に声をかけたのは三浦だった。
「おー、三浦。 一緒に帰らねーか?」
「いや、俺はちょっと用事があるから」
「あ、そうか。 担任の呼び出しか」
「まあ、そうなもんかな」
三浦は曖昧な笑みを浮かべると、職員室のほうへ歩き去った。
オレンジ色に染まった三浦の笑顔は、夕日のせいかどこか寂しげだった。
三浦は、珍しいことになにか言いたそうに口をモゴモゴさせる。
俺ははっきりした性格だから、そういうのはあまり気に食わない。 だから俺は、聞いた。
「三浦、どうした?」
だが俺は、それを後悔することになる。
ためらいがちに切り出された言葉は、俺の癒えない傷を刺激した。
「なあ、明後日は椿春香の命日だよな」
三浦の目は、いつになく鋭くて。 俺は彼女が死んだことを責められているような気がした。
「………ああ」
そう呟くことが精一杯。 心臓は早鐘を打ち、今にも爆発してしまいそうだ。
三浦はそんな俺をまじまじと見た後、
「いや、悪い。 吉田には、辛い話題だったよな」
そういった彼はもういつもの彼だった。
「……翔君」
刹那がためらいがちに、小さく呟く。
「ん? なんだ」
「あの人、フルネームはなんていうんですか?」
「三浦彰だけど」
そばからそっと尋ねてきた刹那は黙り込む。
「………もしかして、惚れたか?」
そう聞いてやると小さい拳がアッパーカットを決め、
「翔君のバカ!」
と叫ぶと走り(浮いて?)去ってしまった。
刹那のヤツ、絶対惚れたな。
だけど若干、刹那に救われてしまったのだった。