第二章 52
[ねぇねぇ、エイル。これ食べても良い?私のこれと交換してくれない?]
[えぇぇ、どうしようかな?これも付けてくれるんなら良いでやす]
[これは厳しいです。こっちなら良いよ]
[こ、これは?見たこと無いです]
[ウエハウスって言うんだって、これでアイスをすくって、こうやって口に入れると……]
[何幸せそうな顔してるでやすか!寄越せでやす!お前ばっかりズルいでやす!]
[じゃあ、交換成立という事で良い?]
[うぅぅぅ、仕方ないでやす!えぇい!この泥棒野郎でやす!]
今日も二人のじゃれ合うような仲の良い会話が聞こえてくる。
私は、思わず微笑んでしまう。
あの頃は、毎日がこんな感じで本当に楽しかった。マスターは居なかったけど、私達は絶対に会えると思っていたから、そんな事は全く気にしていなかった。
「女神様、宜しいですか?」
そんな懐かしい思い出に浸っていると、善人を気取った嫌らしい声が部屋に響き、私はいっぺんにおぞましい現実に引き戻された。
「勝手にこの部屋に入って良いと、誰が許可しましたか?法皇、それに勇者よ!すぐに出ていきなさい!」
「最近の女神様は、大変お疲れになっております。それで勇者が異世界の甘味のプリンという物を差し入れてきました。お召し上がり頂けないでしょうか?」
「……プリン?」
そんなものは、材料さえあれば自分で簡単に作ることができたが、ジェシカやエイルが居ない今となっては、自分だけがそれを食すことはできないと作らずにいたものだった。
勇者が持ってきた皿には、プリンの周りにフルーツが添えられており、それに生クリームがデコレーションしてあった。
「あまりセンスの良い盛り付けではないですね。ですが、気持ちは有り難く受けとります。さっそく頂きますので、部屋を出て頂けますか?」
そう言われて、二人は部屋を出ていった。
「本当にセンスがないですね。プリンアラモードにするなら、もっと冷たい物、アイスやソフトクリームも添えるべきでしょう。フルーツにしても、こんな色気の無い切り方など論外ですね。ただ、善意は受け取りましょう。」
そう言って、フレイヤは、フォークで幾つかのフルーツを口にした後で、スプーンでプリンを少し掬い取り、それを口にしたとたんに、全身に痺れが走った。
その瞬間、扉が開け放たれ、勇者が私に究極傀儡魔法を放った。いつもの私なら、全く問題ない程度の魔法であったが、全身のシステムがトラブルを起こした今の状態では、それに抗う術はなかった。
[ズルい!ズルい!ジェシカばっかりこんなの貰ってるのはズルすぎる!]
[悔しかったら、マスターにお願いするんだね]
えっ?マスター?マスターがそこに居るの?遠くなっていく意識の中でも、エイルとジェシカの会話は続いていた。
これは彼女達を陥れた私に対する罰だ。私には、この屑野郎達を非難する資格など無い!あの二人を羨む資格など無いのだから……
[マスター!ジェシカばっかりズルいよ!私にも頂戴よ!]
[じゃあ、あんなズルいジェシカはほっといて、エイルにはこれをあげよう。チョコレートウエハースだよ]
[よっしゃあ!]
[ズルい!ズルい!マスター!ジェシカ泣いちゃうよ!]
[はい、ジェシカの分]
[あ、ありがと!じぇったい、マスターならくれると思ってた!]
久しぶりに聞いたマスターの声は、とっても優しくて、胸の中が熱くなって、目から涙がポロポロ溢れてきた。
こんな私にお願いする資格はないけど、我慢できなくなった私は叫んでしまった。
[マスター!助けて!]
[えっ?フレイヤか?お前、どこにいるんだ?何があった?]
マスターは何の躊躇いもなく答えてくれた。私のことを忘れていなかった。前と同じくらい心配してくれていた。その優しい言葉を聞いて、こんな状況でも嬉しくなって、更に涙を溢しながら、私の意識は闇の中に沈んでいった。
「へぇ、女神でも怖いことなんてあるのかね。」
「こんなに涙を流すなんて予想外だね。」
「これから自分が生け贄にされるのが、予知できたんじゃないのかな。」
「今さらだよね。」
そんな会話を交わしながら、ストレッチャーに乗せた女神を、二人は祭壇へと運んでいった。




