第二章 48
「リュートよ、世話になったな。お主のお陰で我の民は、誰一人怪我をすることもなく無事に村に帰ってこれた。」
「気にしなくて全然問題ないですよ。雫やマリナもお世話になったし、少しでも恩返しできたなら良かったです。ところで、灰塵の調子はどうでしたか?」
その言葉に、アリアナの目は一瞬キラリと光ったが、すぐに陰りが広がった。
「最高の一言につきる!あの時の感覚が、感情と共に次々と思い出されての、またこの機体で心行くまで戦ってみたい。恥ずかしながらそう思わされてしまった。もう、良い年したおばあちゃんなのにの…………ハイエルフとして、この世界に転生し、三千年以上もの時間を過ごしてきた。普通のエルフで五百年、ハイエルフで長命といわれる者で千五百年、その倍を生きるということは、明らかに異常じゃ……ハイエルフは通常の生物と異なり、ダンジョンの魔物のように、死すと魔素へと帰り、この世から消滅する……どうやら、その時が来たようじゃ……」
そう言って、アリアナは自らの左手をリュー の方へと差し出した。
その手はわずかに透けていた。
「「「アリアナ様!」」」
「皆の者には、これまでも話してきた通り、我の教えに従い、道を外さず歩んでほしい。後継は、筆頭巫女のセレーナ、お主じゃ。宜しく頼むぞ。」
「……ハイ」
集まった村の人達は、誰もが涙していた。この一時が、村の母でもあるアリアナとの最後の時間になると、誰もが理解していた。
「これより、我は杜に籠る。皆の者世話になったな。」
そう言って、皆の前から姿を消そうとするアリアナを、リュートは後ろから呼び止めた。
「アリアナ様、不躾で申し訳ありませんが、今回のことで報酬を頂きたく思います。」
「なんじゃ?なるべくなら叶えてやりたいが、我の自由にできるものなど殆んどないぞ。」
「最後にぜひ、私と本気のバトルをして頂きたいのですが、お願いできますか?」
その言葉にハッとして、それまで寂しさに囚われていた表情がガラリと変わり、アリアナはニヤリと笑い返した。
「申し訳ないが、手加減はできんぞ!」
「望むところです!」
その一時間後、アンダーレイクの上空に白と黒の二機の搭乗型機動兵士が浮かんでいた。
「このアンダーレイクの街に住んでいた連中は、エルドリッジによると全員街を出るそうだ。荷物も殆んど持ち出し済みらしいから、気にせずバトルしてくれだとさ。」
「バトルフィールドは、この湖の外縁ということで宜しいですか?」
「あぁ、構わんよ。合図はどうする?」
「うちの子が、空砲撃ちますから、それを合図にお願いできますか?」
「了解。」
湖の両端に浮かぶ二機は、武器を出すこともなく、ダランとした自然体で合図を待っていた。
村から一本の白煙が上がると同時に、二機はそこから姿を消し、湖中央で両手を組み合わせていた。
麗雅の右脚が旋風のように、灰塵に打ち込まれたが、灰塵は左手を離すと、身体を捻るように上空へと避け、そのまま左脚を使って、麗雅の顎を狙うような前蹴りを放ち、麗雅はスウェーするかのようにそれを避け、両手を自由にすると、目にも止まらぬような早さの連撃を繰り出したが、灰塵は両手を使い、その全てを後ろへと流し、掌底撃ちを麗雅へと繰り出したが、麗雅は上から払うように灰塵の腕に右手を使い、その勢いを利用して、その攻撃から逃れた。
灰塵の掌から放たれた衝撃波が宙を走り、技を放った後の僅かな硬直の時間に、麗雅の廻し蹴りが放たれ、灰塵の顔面を捉えたと思った瞬間に、灰塵の頭は身体ごとストンと沈むように落ちた。
[もしかして、重力魔法ですか?]
[そうや。もしかして、使うたらアカンかった?]
[とんでもない!何でもアリですよ。ただ、対魔法鋼板使用していますので、魔法はほぼ無効ですよ]
[な、なんと!少し試させてもろうても構わんか?]
[どうぞ、お気の済むまでお試しください]
リュートがそう言った途端、灰塵の両手には巨大な五メートル程の焔の球体が出現し、麗雅に向かって放たれたが、それを避けることもなく真っ正面から受け止め、爆発が治まった後も平然として、その場に止まっていた。
次に灰塵の手に現れたのは、巨大な雷の槍だった。周囲にバリバリと雷を巻き起こしている巨大な槍が投擲されても、麗雅はピクリとも動かず、胸の真正面でそれを受けた。
その瞬間、麗雅の胸の部分が一瞬虹色に輝いたのを、アリアナは見逃さなかった。
[対魔法障壁まで備えているのか……我の三千年の努力はなんだったのかと思わされてしまうの]
[神を相手にすることを考えていますからね。でも、うちの娘達にはボロ負けなんですよ。まだまだ改良の余地だらけなので、アリアナさんにはテストパイロットをお願いしたいと考えていたんです]
[な、なんと!なんと魅力的な言葉じゃ!し、しかし、我には時間が……ドラ坊!これから我は全力を振り絞るぞ。良く見ておけよ!]
少しの沈黙を挟んだ後の灰塵というかアリアナさんの動きは、リュートの予想の上をいくものだった。
麗雅には効果のない魔法を、灰塵そのものに使用することにより、その運動性能を高め、その機動性を飛躍的に高め、麗雅を翻弄し始めた。
始めのうちは、大きく差のついた機動力に対応しきれなかったリュートだったが、直に慣れ、それまでとはクラスの異なる空中戦を展開していた。
[楽しいのう……最後の最後に、こんな楽しいことに出会ってしまうとはのう……]
しんみりとしたアリアナの言葉に、リュートが選んだ言葉は、
[よくあるなろう系の話では、こちらの世界で死ぬと向こうに帰れるらしいですから、先に帰って待ってて貰えますか?また、続きを楽しみましょう]
[……ドラ坊……お主は天然と言われんか?そのセリフは……まぁ良い。絶対に待っておるからの。必ず帰ってくるのじゃぞ]
それはプロポーズと取られても仕方ないじゃろと思いつつ、アリアナは灰塵を操り続けた。
二機のバトルは、周りで見ている者には、青空を背景にダンスをしているように見えた。
そして、空が朱く染まり始めた頃、突然、空中でガクンと体勢を崩した灰塵を、麗雅がお姫様抱っこしながら、ゆっくりと地上へと降りてきた。
灰塵からは蒼白い光が、舞うようにキラキラと天へと昇っていった。




