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白と黒がいることもあってか、野性動物や魔物に襲 われることもなく、平穏な夜を過ごし、空がパープル色に染まる頃に龍人は目を覚ました。
そして、再び温泉に浸かり、陽が昇るのを待っていると、白と黒も目を覚まして龍人の隣に浸かった。
「やっぱり温泉って最高だろ!?」
陽が昇るのを湯舟の中からか鑑賞し、ゆっくりとした朝食を取り、一人と二匹は川原への探索へと向かった。
川原には拳骨大からフットボール大の角の丸い石がゴロゴロ転がっており、所々に像ほどの大きさの角の取れた石が散らばっていた。生えている草の背丈はそれほど高くなく、川の流れが時期によりかなり増減することが推測できた。
「これは雨期とか、台風みたいな嵐が来ることもあると考えた方が良いかもな……あんな大岩でさえ転がってくるっていうことは、かなりの水量になるってことだよね……」
そんなことを考えながら、石の川原を越え、浅瀬に近づくと、水の透明度はかなり高いことが確認でき、見回すだけでもかなりの魚影を確認できた。
そこで龍人は石を組み、流れを利用して簡単な罠を作り、少し上流から白と黒と一緒に魚を追い込んでみると、罠の中には数匹の大物が確認できた。
「こんな浅瀬でも五十センチ近い大物がゴロゴロしてるなんて、これは捕食者があまり多くないということかな?……見た目は日本のサケやマスに近いかなぁ、旨そうだなぁ……ん?こいつ背中が少し赤いな?……とすると、ベニザケとかヒメマスの仲間かな?確か、あんまり高い水温は好まないだろうから、この辺りの冬は少し厳しくなりそうだな……」
等と言いながら、簡単に血抜きをし、内蔵を取り除いてから、三枚におろして塩を振り、石を使って近くに作った簡易の竈のもっとも火力が強いと思われる大きめの石の上に並べた。
龍人の行動から、即座にそれが食事だと判断した白と黒は、遊ぶこともせず、龍人の前に仲良く並んでお座りし、獲物のお裾分けを待っていた。
平たい石をお皿代わりにしながら、
「熱いから気を付けろよ。」
二匹の前に半身を五枚ずつ並べてやると、器用に冷めた所からパクパクと口にしていた。休む間もなく食しているのを見ると、お気に入りのメニューの仲間入りを果たせたようだった。
味はやはりサケに近く、塩鮭の茶漬けが好物だった龍人は、小さくガッツポーズをして、いつかお茶を手に入れてやると心に誓った。
「最近のこいつら見てると、もう完全に人間と同じ食生活だよな。ビタミンとか足りてるのかな?」
あまりにも美味しそうに焼き魚を食べる二匹を見て、親代わりに栄養バランスを心配する龍人だった。
魚を捕獲するための準備はしていなかったので、一行が更なる探険を続けていると、少し下った辺りで、川から森へと流れ出る支流を見つけた。
「こういう所には、掘り出し物があるんだよね……」
と呟きながら、少し下ると見覚えのあるような葉を持つ植物を見つけた。
「もしかして、もしかすると……ビンゴだ!山葵ゲットだぜぇ!」
周囲にはかなりの数の山葵が自生しており、そのうちの二本を丁寧に収穫した。
そして、奇蹟の出会いはこの後直ぐに起こった。先に見える小川の右手の森林の部分がポッカリと開いており、そこに小川の水が流れ込み、体育館ほどの大きさの沼を作り上げていた。
最初に目についたのは、沼を覆う程に広がった緑鮮やかな大きな葉と、そこから伸びるピンクとマゼンダと白を綺麗にグラーデーションしたような無数の花だった
「……蓮?蓮と言えば、レンコン!」
龍人は手近に生えていた一本の茎を掴み、勢い良く引き抜くと、七つの節に分かれたレンコンが付いてきた。あまり泥にも汚れておらず、今後の食材として非常に貴重なものといえた。
「でもこうなってくると、やっぱりご飯を食べたいよな……」
と呟きながら顔を上げた龍人の視界の端に、見慣れた頭を垂れる植物の一群が目に入った。
僅か十メートル四方の小さなスペースではあったが、そこに頑張って肩寄せあって生存していたのは、明らかに米、いや米の元である稲だった。
「……あっ……ま…間違いないよな…米…米だよな……ヨッシャァァァァ!まだ収穫時期には少し間があるけど、僕らの土地に水田を作らないとな。ここで収穫した稲を全部種籾にしたら、どのくらいの田んぼが必要になるんだろう。頑張るぞ!頑張って来年は米を死ぬほど食べるんだ!うぉぉぉぉぉぉ!」
「「オォォォォォォん!」」
全く理由は判っていないだろう白と黒だったが、龍人の絶叫に合わせて雄叫びをあげてくれていた。
一人と二匹は、その後急いで帰ることに決め、崩れた崖の所に戻り、もう一度温泉に浸かってから帰路についた。しかし、その帰り道で、もう一つ大きなこの世界からのプレゼントがあった。
崖の間をすり抜けるように歩いていた龍人は、足元に転がる殻に包まれた三センチ程の実を見つけた。
「えっ?これってチャの実?」
龍人は、母の田舎に里帰りした時に、祖父から昔の遊びとして、チャの実を押し付けあって割れた方が負けという遊びを教えて貰っていたので、他の実とチャの実の区別はしっかりとできていた。
しかも、祖母からはお茶の葉を蒸して緑茶にする方法、緑茶をほうじ茶にする方法も伝授されていたので、チャノキさえ見つければ。お茶を手にすることは可能であった。
そう考えて周囲を見回しても、龍人の思い描くようなチャノキは見つからず、諦めて空を仰いだ時に、自分の持たれ掛ける木にぶら下がるチャの実が見えた。
「こ、これかぁ!」
手にした鉈で枝を何本か切り落とし、それを蔦でまとめて背中に背負い、やっと再び帰路についた頃には、再び空がオレンジ色に染まり始めていた。