第二章 40
その日、村以上に盛り上がったのは、アンダーレイクと呼ばれる湖底都市の王宮の間であった。
「なんだ!この味は!肉の色は黒く、料理全体も暗い色が殆どであるのに、なんなんだ、この肉の柔らかさと甘い味付けは!こんな料理食べたことがないぞ!このツルツルした細い麺も、生卵と一緒に食すと変化する。」
「この野菜と黒い茸と白く細い茸、その全てに甘い汁が絡み付き、さらにこの軟らかな四角い白い物が、それを程よく纏め上げる。軟らかい肉と相まい、更に生卵の旨味が加わると、まさに珠玉に相応しい。何と完成された料理なんだ!」
その後、更に〆のきしめんを食し、デザートの甘味に汁粉が提供された時点で、その席に座った重鎮達は、歓喜の嵐に包まれた。
エルドリッジは、その宴を横目で羨ましそうに眺めていた貴族と思わしき婦人達やその娘達のテーブルに近づくと、自身のアイテムボックスに保管してあった、例の高級デザート祭りに提供された品の数々を並べた。
「あの食事を調理された方が提供してくれたデザートの数々です。ぜひ御賞味して感想をお聞かせください。」
彼女達が恐る恐る自身の前にあるデザートやお菓子に手を伸ばし、それを口に入れた途端に、その表情は蕩け、そして歓喜に包まれた。
「す、素晴らしいです。パイ生地の容器にクリームを詰め、更にその上に隙間なく並べられた無数のフルーツが、どれもそれだけで舌を満足させられる程の美味しさで……堪りません!幾らでも食べれそうです!」
「冷たいドロッとした氷菓の周りに飾られた白くフワッとした身体が凍ってしまいそうに冷やされたクリーム。飾り付けのように上から垂らされた茶褐色のソース、どれもが素晴らしい甘さで、それをそーすに含まれた苦味が更に引き立てます。中に詰められたサクサクする焼いたものも、そのクリームが纏いついた瞬間に味が変わります。素晴らしい!こんな幸せを感じさせる食べ物は、食したことがありません。」
こちらのテーブルでも絶賛の嵐が巻き起こっていた。
ーーー
狂乱の宴が終わり、従者の人間達がテーブルを片付けるのを手伝いながら、エルドリッジは彼らにも、リュートが提供してくれたクッキーやビスケットをふるまっていた。
その味もまた大好評で、そのお陰もあり片付けは和気藹々とスムーズに進んだが、そんな中に、大臣を務めるエルドリッジの弟のアルフガストが入ってきた。
「エルドリッジ、王がお呼びだ。付いてこい!」
その男は慇懃な態度で、エルドリッジを呼び出すと、通路を歩きながら、まるで従者にでも接するような見下した態度で、彼に言葉を浴びせた。
「ふん、上手くやったつもりだろうが、所詮は魔力ちんカスのお前ごときが、これで上に登用されるとは思うなよ。お前みたいなクズは、あの未開の土民の監視役をやれてるだけで感謝してれば良いんだよ!」
魔力を誇る目の前の弟だが、あの場所に彼と共に居た少女達と比較すれば、お前も俺と同じちんカスだと思うと、皮肉な笑みが口元に浮かぶのを止めることができなかった。
「何嗤ってんだよ!」
その途端に、アルフガストの右拳がエルドリッジの顔面に炸裂し、彼は通路の壁へと激突した。
「へっ!クズが!」
何の抵抗をすることもなく、エルドリッジは口元を拭いながら起き上がると、振り返ろうともしない弟の後ろを黙ったまま付いていった。
ーーー
重厚な扉の前で立たされて待っていると、中から近衛騎士が扉を開き、エルドリッジは議事堂と言われる部屋の真ん中へと案内され、エルドリッジは、その中央で臣下の礼を取り頭を下げた。
周囲には一段高い位置に高位貴族と思われる大臣が着席しており、それより更に一段高い位置に、弟を含む王の親族と思われる大臣が、両サイドを取り囲むように着席していた。
そして、正面には王とその実子が周囲よりも更に一段高い位置に腰を降ろしていた。
「エルドリッジよ、頭を上げよ!儂は回りくどいのは好かぬ。あれを、あの神饌と呼ぶに相応しき料理を作ったのは誰じゃ!あれこそ王に相応しきもの。その料理人は、市井に置いてよき者ではない。」
「恐れ多いことですが一言申し上げます。あれを、作ったものは、先日情報提供させて頂いた飛行船に乗り村を訪れた魔族の一員でございます。」
周囲からざわめきが巻き起こっていた。
「皆のもの、鎮まれい!話を続けよ。」
「は、はい。村の族長のアリアナが転生人であることは周知の事実であると思いますが、彼はそのアリアナを師匠と呼ぶ、彼女と同郷の人間であるようです。」
「何と、異界の人であったか。とすれば、あれは異界の料理ということであるな。」
「はい、他にもご婦人方に提供させて頂いた甘味、お菓子、どれもが素晴らしき物でございました。」
「ならば、エルドリッジよ。そのような者こそ、この王宮に仕えるに相応しい者ではないか。早速、交渉して連れて参れ!嫌がるようであれば、強引にでも連れて参れ!」




